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「なんで?」
まさに寝耳に水で、私は誠也がどうしてそのようなことを言い出したのか意味が分からなかった。一週間前に会った時も特に変わった様子はなかった。この前は久しぶりに少し奮発して、二人で出かけて焼き肉を食べてきた。
「今、ちょっと一人で考えたいこともあるし……。正直今は自分のことしか考えられないから千佳に寂しい思いさせると思う」
「そんな理由、私には納得できないよ」
思ったよりも低い声が出た。誠也から別れを告げられるとは思っていなかった。一つ強がりを言わせてもらうなら、もし仮に誠也との別れが来るとしても、別れを切り出すのは自分からだと思っていた。こんな時ですら私は高飛車だ。心の中だけでも強がりを言っていないとぽっきり折れてしまうから。実のところ自分は弱いことを自覚しないようにしているだけだった。誠也は感情の読めない表情で私を見ていた。いたたまれなくなった。何か言ってやらなければいけないと思った。
「誠也結局一回もしてくれなかったよね」
当初は私も誠也に対して遠慮が多少はあったし、無理強いするものではないと思っていた。肉体関係がないからといって深く繋がることができない訳ではないし、不満はなかった。こちらから強引に迫るのもはばかられたし、誠也を尊重したかった。でも、誠也からこうして別れ話を切り出されるならば話は別だ。
「ごめん」
「私寂しかったんだよ」
私はここぞとばかりに彼に不満を漏らした。網戸越しに蝉の鳴き声がミンミン聞こえるのが鬱陶しかった。動いていなくても次から次へと汗がにじんできた。時折ぬるい風が吹くと誠也からほんのり汗の匂いがした。私は被害者面をし、ひたすら誠也をなじった。自分が嫌な女になっているという自覚はあった。元々そこまで私は性格が良くない。女性同士のマウントの取り合いは日常茶飯事であったし、勝気な性格もあり無意味な争いだと分かっていても口を挟まずにはいられなかった。それでも、まさか誠也に対してこのような気持ちを抱かなければならない日が来るとは思ってもいなかった。誠也と一緒にいたら棘のない自分でいることができたからだ。
でも、やはり私は変わっていなかった。
「とりあえず、私は認めないからね」
一通り不満を言い終えた後、逆に気分が悪くなった私はそれで話を切り上げた。途中まで謝るなり反応していた誠也も次第に何も言わなくなった。
その日はいつもと違って誠也がとても遠く感じた。もう話を蒸し返すようなことはしなかったけれど、空気はとても重かった。キスもしなければ、特筆すべき会話もしなかった。誠也は私の内容のない仕事の話を「うんうん」と黙って聞いていた。
虚しいだけの時間だった。
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