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「建前って本当かもしれない」
今日は誠也と約束をしていた。仕事終わり嬉々としてスマホを確認すると、「急用が入った」というメッセージが入っていた。日中に祐介から聞いた話が、私の中で輪郭を帯びていくようだった。誠也のメッセージに「分かった」とだけ返して、気づいたらすぐに祐介に「今夜暇?」と送信していた。
「確かめたの?」
「まさか。確かめてはいないけど。急用ができたみたいで今日会えなくなった」
「ふーん」
「今まではそういうことなかったんだよ。遅くなっても会いに来てくれてたもん」
さすが、スマホ依存症なだけあって祐介からの返信は早かった。時々彼のスマホと左手は同化しているのではないかと思う。祐介とは誠也と会う予定がない時はたまにこうして、仕事帰りにご飯を食べたり、飲みに行ったりする仲だ。それは誠也と付き合う前から続いていた。
「ねえ、祐介はどう思う?」
個人的に会っている時、祐介はスマホを見ない。秋口といっても外の空気は歩くと、じんわり汗をかくくらいにはまだ生ぬるさを残していた。空調の効いた店内はとても快適だけれど、少しだけ肌寒い。
「そういうところじゃない?」
祐介はそう言ってステーキにかぶりついた。
「そういうところって?」
「こうやって俺と会ってるようなところ」
祐介は口の中で咀嚼しながら答える。
「ダメなの?」
「少なくても俺は都合が悪くなって会えなくなったからって、別の男のところにのこのこ行くような女無理」
やっと飲み込んでから祐介はそう言った。その後にいつもの「知らんけど」は続かなかった。私の目の前ではおいしそうにナポリタンが湯気を立てていた。この時間のファミリーレストランは喧噪で満ちていて、家族連れの親子や、学生、私たちのような若い男女で溢れ返っている。それがより一層私を苛立たせる原因にもなった。食べ始めようとしたところで、祐介のその言葉を聞いて私は手を止めた。
「なんで急にそんなこと言われないといけないの」
私はムキになって答えた。祐介にそこまで言われる筋合いはない。
「千佳が聞いてきたんだろ」
祐介とは就職してすぐの頃から軽口を叩き合うような仲だった。異性として意識したことはない。だからと言って同性同士にありがちな対抗心のようなものを抱くこともないし、抱かれることはない。言い方は悪いけれど、とても楽で、都合のいい存在だった。
「そうだけど。でも、祐介だって彼氏できたって報告してからも普通に私と会ってたじゃん」
「俺は彼女いないから」
祐介は即答した。彼とは思えば腹を割って話したことはなかった。そのように思われていたのかと思うと、とても腹が立った。こんな時に限って真っ当な人間ぶらなくてもいいではないか。
「だって、何もないんだよ?」
「何もなくても、彼氏はそれをそのまま受け取るか分からないだろ」
祐介は気づいたらもう大分食べ進めていて、私も慌ててフォークを手に取る。
「確かにそうだね。祐介の言うとおりだよ」
私が手にしたフォークは、陶器のお皿にぶつかるたびに耳障りな音を立てた。気を紛らわすために祐介と会ったのに、今日は逆効果だった。
「あと、千佳はきっと自分で思っているより性格悪いよ。まあ、俺も同じくらい性格悪いから人のこと言えないけど。でもそれをどれだけ自分の意識の下に追いやれるか。自分でも気付かないうちに態度に出ないようにできるか」
この後の話はあまり覚えていない。私は結局ナポリタンを食べきることはできなかった。会計は私がぼんやりとしているうちに、祐介が済ませてくれていた。財布から現金を出そうとしていると、「いいよ」と断られ、私は財布をバッグにしまった。
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