とりあえず今だけは

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 そろそろ最後になるのは分かっていた。彼の方も、もう二度と会うつもりがないと思っていることが顔を見た瞬間に伝わってきた。絶対にもう会わないと決めているくせに、のこのこと会いに来た彼が憎らしい。一緒にいる覚悟がないのならば来て欲しくなかった。毎週金曜日の夜、彼はあの子と会っている。分かっていてわざと彼を呼び出した。私は自分のことを性格の悪い女だ、と心底思う。今日呼び出したのは彼の気持ちを確かめたいという狡猾な理由からだった。私は性格が悪い上に、とてもずるい。  誠也は高校の時の同級生だった。彼はその頃から物腰が穏やかというか、自己主張がないというか、特に目立たないタイプだった。高校生というのは変にギラギラとしていて、いわゆるカーストのようなものが学校内でも存在していた。大半の人間が、せめてその中の最下層にはなるまいと目には見えない何かで競っていた。私もそうだった。とにかく、足元は見られないように、掬われないように、数人の子たちと常に行動していた。それは楽しいには楽しいけれど、時には息苦しかった。その中で誠也は我関せずといった様子で、特に同じクラスの男子たちと自ら交流を図ることもなかった。誠也はその頃の私たちからしたら、とても異質な存在のように思えた。 「私、無口な人ってあんまり好きじゃない。だって何考えてるのか分かんないじゃん」  そう言って同じような中身のない友達と一緒に過ごした時間を懐かしく思う。懐かしく思うといってもその頃も今も、やっていることはほとんど変わらないのだけれど。  誠也とは高校を卒業し、成人式の後の同窓会で再会するまで話したことはなかった。勉強が嫌いで苦手だった私は高校を卒業し、しばらくは特に定職にも就かずに遊び歩いた挙句、両親からこっぴどく叱られ派遣会社に登録し、派遣社員として働くようになった。そのような私とは対照的に、どうやら勉強が得意だったらしい誠也は大学生になったようだ。  同窓会でどうして彼に話しかけたのかはお酒に酔っていたのか、あまり覚えていない。でも、久しぶりに彼に会った時、なぜか離れ難くて無理やり家に連れて帰ったことを覚えている。 「千佳はなんで俺と付き合ったの?」  誠也は付き合って数ヶ月が経った頃、そう私に質問してきた。 「なんでって言われてもなあ。優しいし、私の話ちゃんと聞いてくれるし」  私もどうして誠也に惹かれたのか分からない。それでも、彼と過ごした時間は何にも代え難いくらい楽しかった。まだ若い私たちにはお金がなかった。毎月振り込まれる給料は決して多いとは言えない額で、家賃と生活費でほとんどなくなった。誠也も誠也でアルバイトはしているものの、まだ学生ということもあり金銭的に余裕はない。デートといえば、私の部屋でDVDを観るくらいしかやることはなかった。 「時間はあるけど、やることはないね」と言って笑い合った。そう話した時の誠也は珍しく笑っていて、私はとても嬉しくなったことを覚えている。休日の前日、私の仕事が終わるのに合わせて誠也が電車に乗って会いに来てくれる。駅前で待ち合わせをしてスーパーに寄って晩ご飯の買い物をして帰る。私はご飯の準備をしてその間誠也は本を読んで過ごす。ご飯を一緒に食べ、少しゆっくりしてから順番にお風呂に入る。それからDVDをレンタルしに行って一緒に観る。いつもほとんど同じ流れでデートは繰り返された。お互い休みの日が重なっている時は泊まっていくことも多かった。誠也のスウェットが当たり前に私の部屋に置いてあることが嬉しかった。誠也はとんでもなく奥手で、告白はもちろん私からだった。キスは付き合ってから五回目くらいのデートの時に私からした。待っていたら誠也からしてくれるのではないかと期待していたところはあったけれど、結局私の方が待ちきれなかった。   そして彼との肉体関係は今でもない。
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