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グレンがあまりにも屈託なく笑うものだから、サラもつい気を許してしまいそうになる。
「本当に美味しかったわ。きっと今夜は何も食べたくならないはずよ」
「夜にはまた腹がすくさ」
「たとえそうでも今日は食べないわ。幸せな気分のまま眠りたいもの」
夜にいつもの硬いパンと薄いスープを一人で食べることになれば、この幸福な気分が台無しになる。サラは昨夜の食事を思い出さないよう首を振った。
「そんなに給金が安いのか」
そんなことを聞いてくるグレンに、サラはわざとらしく咳払いをして軽く睨んだ。雰囲気を壊さないで欲しい。
グレンはまだ何か言いたそうにしていたが、男が近付いて来るのをみて口をつぐんだ。
「サー、いつもありがとうございます。お食事はお楽しみいただけましたか」
「ああ、支配人。今日ここでランチを食べられたことは幸運だったよ。それはそうと、まだあれは見つかっていないのだろう?」
「はい。残念ながら」
ホテルの支配人が直々に挨拶に来るとは、思っている以上にグレンはいい身分なのかもしれない。サラはそう思いながら支配人に目を向けた。
年齢は五十に差し掛かったぐらいだろうか。ホテルの支配人としては若い方だと思われる。窃盗事件はホテルにとっても大きなスキャンダルになった。それと言うのも、犯人はこのホテルで働くベルボーイだったからだ。
従業員の管理監督責任を問われることはもちろん、客への補償や今後の防犯対策など、支配人の忙しさは想像を超えるはずだった。
「もし良かったらこちらのレディに占ってもらってはどうだろう。今日ここに来るよう助言してくれたのは、実は彼女なんだ」
グレンは占いは信じないが、サラの力は信じると言った。まだ見つかっていない盗品というのはホテルの所有の物なのだろうか。
「さようでしたか」
支配人はサラに少し疲れの色が滲む笑顔を向けて軽く目を伏せた。
「お力になれるかどうか分かりませんが」
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