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サラの考える一番大事なもの、それはもちろん人の命だ。これは誰にもあげられないし、誰からももらうことはできない。だからアレンは誰かに嘘を教えられたのだと考えていた。
けれどそうサラが言ったところでアレンは信じないかもしれない。アレンが信じたいのは人間になれるという希望だからだ。
「アレンはリリアに一番大事なものをあげられる?」
「もちろんだよ!」
「アレンの一番大事な物は何?」
「僕の一番大事なもの……」
アレンは爪を噛んで考えこんだ。そして左右に首を振った。
「僕は何も持っていないよ」
サラはそんなアレンを抱き寄せながら答えた。
「いいえ持っているわ。でもそれは決して誰にもあげられないの」
サラの腕の中でアレンはじっとしていた。アレンの悲しみがサラの胸に伝わってくる。
「アレン、悲しまないで。リリアのそばにいられる方法を私も一緒に考えるから」
サラがそう言った時には、アレンはもう狼に姿を変え、サラの腕からすり抜けるように走り出していた。
サラは胸の底に冷たい水が入り込んできたような焦りを覚えた。
失敗したかもしれない。二人を最悪な形で引き裂いてしまうことになりはしないかと、サラは押し寄せる不安に動けずにいた。
疲れた足を引きずるようにして家に向かって歩いていると、ぽつりと街灯に明かりが灯った。
あっと思った時には雨の雫がサラの頬や腕に落ちてきていた。
急ぎ足で奇術の館まで戻ってきた時には全身がぐっしょりと濡れ、寒さに震えが止まらなくなっていた。
肌に張り付いたドレスを破かないように脱ぐのに手間取った。熱い湯に浸かりたいと思ったけれど、風呂屋に行く元気は残っていなかった。
今日一日で足の裏の皮がめくれてしまうほど歩いた。
お昼はあんなにお腹がいっぱいだったのに、もうすっかりなくなってしまったのかお腹の虫も鳴いている。
それでも夕食を作る気にはなれない。
アレンはどうしているだろうか、無茶だけはしないで欲しいとサラは心の中で祈り続けていた。
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