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着替えを終え部屋に戻ったサラは、化粧の出来栄えを確かめようと手鏡を手にとった。
母の形見の手鏡は繊細な銀の彫刻に縁取られ手にしっかりとした重みを感じさせる。とても古い物だ。
背面が開くようになっていて、そこには一枚きりの母の肖像画が収められている。
生きているのか死んでいるのかさえもサラは知らない。
サラが十五の時、母はある日突然いなくなった。
サラは肖像画の母の後ろに描かれている建物を探して街を転々としてきた。その建物を見つけたとして、そこに母がいるとは限らない。それでもそうせずにはいられなかった。
何度も母の行方を占ったけれど何も分からなかった。サラの占いの力は母から受け継いだものだ。母は占いの他にも色々なことができた。
もしその力を利用しようとする者に連れ去られたのだとしたら。
そんな考えが浮かんでは消える。
もし生きているなら何としても助けたい。
肖像画に描かれた建物は立派なお屋敷だった。サルマンホテルへ招かれたことは思わぬ幸運だった。この機に貴族街の中に探している建物がないか確認することができる。
下町に住む者はおいそれと貴族の住む街へは入れない。
そうは言っても何も関所があるわけではない。身なりさえきちんとしていれば怪しまれることもないだろう。
借りてきた小さなバッグに占い用の文字の刻まれた小石の入った袋を詰め込む。それだけでバッグはいっぱいになった。
サラは鏡に向かって表情を作る。精一杯大人っぽく見えるように唇の端を軽く上げて笑って見せる。
指先の傷が見えないよう手袋をはめ部屋を後にした。仕事に行くというのに心が浮き立つのを止めることができなかった。
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