第一幕 ― 禁断の書 ―

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第一幕 ― 禁断の書 ―

 降りしきる長雨、例年よりも早い梅雨の知らせを告げる朝の気象情報番組。ジメジメとした蒸し暑さによる肌に感じる不快感と、素直に反応する癖毛の乱れた髪にいら立ちが募る。 「瑞希(みずき)、早くしないと大学遅れるわよ」 「もうっ、うるさいなぁ。分かってる」  繰り返される日常、代わり映えしない毎日に大きなため息を吐きながら微かに湿り気を帯びた真っ白いシューズを見つめる中、聞きなれたメロディがホームに響くと同時にいつもの駅員のアナウンスが告げられる。 「間もなく三番ホームへ通勤快速入ります。黄色い線の内側へおさがりください」  大都会とは言えない田舎町、それでも快速電車が停車するこの駅は多くの行き交う人で溢れていた。  アナウンスが終わる間際、唯一の楽しみである日課が今日も小さな幸せを運んでくれる。階段を懸命に駆け上がるスーツ姿の一人の男性。どこの誰かは分からないが、一目見た瞬間から私の心を奪い去る程の魅力的な人だった。 とは言え、私は簡単に恋に落ちる程単純ではない。  ただ……、とても清潔感を感じる異性であり、満員電車で私の髪の香りをイヤらしい眼差しを向けながらにおう中年サラリーマンから身を庇うように彼は間に割り込み、車窓に手を伸ばしながら守ってくれた。それは偶然なのか、それとも意識的なのかは分からない。腕の中の空間に守られた私は、彼から漂う素敵な香りを心から堪能し彼に心を奪われた。 『きっと彼も私に気がある筈――』  ずっと信じていたその自信は、次の瞬間見事に打ち砕かれた。  
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