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じっと見つめる彼の姿。毎日同じ車両に乗り込み彼との距離がぎゅっと縮まる瞬間、ひとつの違和感と同時に私の時は止まった。
「扉、閉まります。プシュ――ッ、ガタンッ」
やがてゆっくりと動きだす車内、揺れ動く中彼の手を握りしめる細腕。その腕は解かれると私の目の前で歪んだネクタイを優しく整えた。左薬指に輝く指輪を凝視しながら散り行く真っ赤な薔薇の花びらを妄想していた。
『なんだ……、結婚してんじゃん!』
車窓から眺める風景は立ち並ぶビル街を抜けいつしか田園風景へと変化してゆく。山手にある大学に近づくほどに学生以外の乗客は殆どなく、座る席を独占出来る程に車内は疎らになっていた。
「はぁ、なんか最悪っ。女いるのかよっ」
跳ねた髪をむしりかきながら、ドンと腰掛け独り占めした座席で携帯をいじる。くだらないSNSを見飽きた頃まだ到着する事の無い退屈な車内で珍しく私は携帯小説サイト「エブリスタ」を開いた。本を読むことは元々嫌いでは無かった。大学に入るべく受験に勤しみ多くの参考書や問題集を目にする度、活字に嫌気がさしていたのだろう。暫く敬遠していた小説でも読んでみようと何かに引き寄せられるかの様に、画面をスクロールしながら作品を探す。
「恋愛小説ねぇ、今、そんな気分じゃないしっ」
そう愚痴を零しながらふと止まる一冊の作品。
「タイトル、閲覧禁止? じゃあ載せんなよバカっ」
呆れて飛ばした筈のその作品。おかしなことにスクロールしても何度も画面に表示される。表紙に描かれた一人の少女は自らと同じように携帯画面を見入っている様に思える。
「ウザッ、どうしてこの作品何度も出てくるの? ふふっ、ホラーか。どうせくだらない子供だましじゃん。相手してやんよっ」
こうして私は、閲覧禁止に指先を触れてしまった――。
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