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「この記憶が消えてしまう前に」
春だ。
その日は春で、私は大学の進級式に出かける予定だった。
玄関で準備をしていると、母にいきなり呼び止められた。「式が中止になったよ。テレビ見て。」
テレビをつけたら、進級式がテレビ中継で行われることになっていて、私達は中継を見ることで参加したことになった。
突然、私の時間が空いてしまった。この空白になった時間をどう過ごそうか・・・うんうん考えていると、カラカラと忙しない音と共に、栗色のハムスターが球体の回し車をそれはそれは一生懸命に回していた。
大きくなったこの子は、寿命があと半分くらいだと覚悟ができていた私は、小屋ごと持ち上げる。
「おいで。」
家の階段を上がり、だだっ広く何もない部屋にたどり着く。
この子は体が大きい種類で、普通の囲いではいとも簡単にピョンと飛び越えてしまう。だから広く遊ばせてあげたいと思ったとき、障害物が少ない部屋に離してあげる。これが我が家の暗黙のルールだった。
小さな世界から解放した瞬間、その子は自分の何百倍もある豪勢な空間を走り抜ける。
「こいつにとって、すごく良い運動になってるな」
父は、いつもそう言うのだ。
ダダダッ・・・ダダダッ・・・
小さな音は、縦横無尽に駆け巡る。どんな感情かまでは分からないが、喜びや楽しみだったら良いと心から願った。
何時間ぐらい遊んだだろう。
日もだんだん落ちてきて、家族で外食へ行こうという話になった。
留守番させるのは心苦しくて、ハムスターも連れて行くことにした。いつものように、小屋を開けてトントンと叩くと、今日は調子が良くて比較的素直に入ってくれた。
私は運転が苦手だ。父が運転する車の後部座席で、兄弟と「ハムスターは人参を食べるだろうか。」と話す。
体力を存分に発揮したハムスターは、満足そうに私達を見つめていた。
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