1.ホットタイム

1/1
前へ
/11ページ
次へ

1.ホットタイム

 ガスコンロの上で、小さめのフライパンが熱せられている。その上でくるりんと一回転するのは、ホットケーキ。  とても鮮やかな手つきですと、子狐娘の狐乃音(このね)は目を輝かせながら思った。はふ~と、感嘆のため息を漏らしながら。 「こうやって裏返して、反対側もよく焼くんだよ」 「そうなのですね」  狐乃音は稲荷神。……だけど見た目は小さな女の子。人間の年齢にして、五、六歳くらいの背丈。  紅白が鮮やかな、神社の巫女さんみたいな装束に身を包み、今日も元気いっぱい。  そんな彼女は今、大好きなお兄さんに、ホットケーキの作り方を教わっていたのだった。  ケーキミックスに卵と牛乳。それらをボウルに入れて、狐乃音は『んしょんしょ!』と、こぼさないように気をつけながら、じっくり混ぜ合わせたものだ。  そんでもって、何回か少々危ないタイミングはあったものの、大きくこぼすこともなく、混ぜ合わせることができた。  そして、お兄さんがフライパンで焼いてくれた。  狐乃音ちゃん。いつもありがとう。  日々、一生懸命家のことをお手伝いをしてくれる狐乃音への、お兄さんからのささやかなお礼だった。  もっとも。当の狐乃音としては、居候という身なので、できることはなんでもしたいと思っているのだけど。 「はい、焼きあがったよ」  お兄さんは焼きたてのホットケーキをお皿に移して、そして……。 「バターと、ホイップクリームを乗っけて。チェリー、白桃、みかん」  目の前には、蓋の開いたフルーツ缶詰が並んでいる。 「うきゅ! トッピングですね~!」 「メープルシロップと、チョコレートソースもあるよ」 「迷っちゃいます~! どれにしましょう?」 「じゃあ、全部乗せてみようか?」 「はい!」  見た目相応の小さな女の子みたいに、狐乃音はきらきらと目を輝かせていた。  ボリュームたっぷり。ふさふさの狐尻尾が楽しそうに揺れていた。狐耳もちょっとたれ気味。  そして……。 「甘くておいしいです~!」  フォークで少しずつ食べていくのは、至福の一時。  ーー狐乃音はかつて、とある大きなお屋敷の庭に、長いこと祀られていた。  やがて時が流れ、そのお屋敷の家主が高齢で亡くなってしまい、祀られていたお社も壊されてしまった。  行き場を失い、街を彷徨っていた狐乃音を救ってくれたのが、このお兄さんだった。  自分の命を救ってくれたばかりか、家に居させてくれて、その上いろんなことを教えてくれる。  どんなにお礼を言っても足りない。 「お兄さん、ありがとうございます!」  狐乃音にとって、お兄さんはまさに、神様みたいな存在なのだった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加