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1.ホットタイム
ガスコンロの上で、小さめのフライパンが熱せられている。その上でくるりんと一回転するのは、ホットケーキ。
とても鮮やかな手つきですと、子狐娘の狐乃音は目を輝かせながら思った。はふ~と、感嘆のため息を漏らしながら。
「こうやって裏返して、反対側もよく焼くんだよ」
「そうなのですね」
狐乃音は稲荷神。……だけど見た目は小さな女の子。人間の年齢にして、五、六歳くらいの背丈。
紅白が鮮やかな、神社の巫女さんみたいな装束に身を包み、今日も元気いっぱい。
そんな彼女は今、大好きなお兄さんに、ホットケーキの作り方を教わっていたのだった。
ケーキミックスに卵と牛乳。それらをボウルに入れて、狐乃音は『んしょんしょ!』と、こぼさないように気をつけながら、じっくり混ぜ合わせたものだ。
そんでもって、何回か少々危ないタイミングはあったものの、大きくこぼすこともなく、混ぜ合わせることができた。
そして、お兄さんがフライパンで焼いてくれた。
狐乃音ちゃん。いつもありがとう。
日々、一生懸命家のことをお手伝いをしてくれる狐乃音への、お兄さんからのささやかなお礼だった。
もっとも。当の狐乃音としては、居候という身なので、できることはなんでもしたいと思っているのだけど。
「はい、焼きあがったよ」
お兄さんは焼きたてのホットケーキをお皿に移して、そして……。
「バターと、ホイップクリームを乗っけて。チェリー、白桃、みかん」
目の前には、蓋の開いたフルーツ缶詰が並んでいる。
「うきゅ! トッピングですね~!」
「メープルシロップと、チョコレートソースもあるよ」
「迷っちゃいます~! どれにしましょう?」
「じゃあ、全部乗せてみようか?」
「はい!」
見た目相応の小さな女の子みたいに、狐乃音はきらきらと目を輝かせていた。
ボリュームたっぷり。ふさふさの狐尻尾が楽しそうに揺れていた。狐耳もちょっとたれ気味。
そして……。
「甘くておいしいです~!」
フォークで少しずつ食べていくのは、至福の一時。
ーー狐乃音はかつて、とある大きなお屋敷の庭に、長いこと祀られていた。
やがて時が流れ、そのお屋敷の家主が高齢で亡くなってしまい、祀られていたお社も壊されてしまった。
行き場を失い、街を彷徨っていた狐乃音を救ってくれたのが、このお兄さんだった。
自分の命を救ってくれたばかりか、家に居させてくれて、その上いろんなことを教えてくれる。
どんなにお礼を言っても足りない。
「お兄さん、ありがとうございます!」
狐乃音にとって、お兄さんはまさに、神様みたいな存在なのだった。
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