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10.真相
彼のことが、大好きだった。
彼も、おとなしくて、引っ込み思案な性格の自分を、好きになってくれた。
両思い。
お付き合いすることになった時は、嬉しくてたまらなかった。
それなのに。
移り気な彼は、やがて他の女の子達と、関係を持った。
いつしか二人の関係は凍り付き、崩れていった。
どうして?
許せない。
でも、愛しさは残ったまま消えなかった。
一途な愛情に、憎悪という名の不純物が浸食し、増殖を始めていった。
このまま、彼が離れていってしまうのなら。
他の誰かに、とられてしまうくらいなら。
彼の中にまだ、ほんの僅かでも、自分への愛情が残っているのなら……。
今このまま。彼の時を、永遠に止めてしまいたいと、そう思ってしまった。
ーー長い髪の女の子は、消え入りそうな声で、素直な思いを告白した。
幾筋もの涙が、頬を伝っていった。
と、その時。
ふざけないで!
すぐ側から、怒声が聞こえた。
彼の、今の彼女は、私なんだから!
反発するかのように、短い髪の女の子は、言い放った。
彼に手出ししないで!
二人は仲良しだった。
親友だった。
その仲は、無惨にも引き裂かれてしまった。
ひどいよ!
長い髪の女の子が、言い返す。
私と彼との仲をとりもって、応援してくれたじゃない! それなのに何で!?
短い髪の女の子が、答えに詰まる。
そんなこと……!
私も彼のことが、好きになっちゃったのよ! しょうがないじゃない!
誰にも、邪魔はさせない!
あなたにも!
言葉の応酬が続く。女の子二人のやりとりを見ていて、狐乃音は思った。
ああ、痴話喧嘩です。
痴情のもつれというやつです。
お昼にテレビでやってるドラマみたいに、めちゃくちゃどろどろしてます。
それにしても、略奪愛というものは如何なものでしょうか。
どうしてこうなってしまったのでしょうか?
「おほん。皆さんよろしいでしょうか?」
それぞれの申し立てを聞く狐乃音は、さながらお奉行様。
「どんな事情があったとしても、鋸と包丁はいけません。せいぜい平手打ちくらいにしておきましょうよ。ばかーって、びんたくらいで」
狐乃音の正しすぎる指摘に、二人は押し黙る。
「それにですね。こんな最低な人のために前科者になって、あなた方の未来を閉ざすこともありません」
狐乃音はじとーっとした半開きの眼差しを、男に向ける。
こいつの所行には、ほとほと呆れ果てたものだから。
「おにーさん。あなたは、他の方達とお付き合いをしたと言っていましたよね?」
半開きの、ジト目。
「達って何ですか達って? 複数形ですか? 何股かけていたんですか? どういうことなんですか? 皆さんの、女子の恋心を散々ひっかき回して、どういうつもりなんですか? こういうのっぴきならない事態になって、責任感とか罪悪感とか、そういう常識的な感覚は一切なかったんですか?」
ちくちくと、狐乃音のお小言。その様はお母さんのよう。
男は、小さな女の子にド正論を浴びせかけられて、何一つ言い返せなかった。
「いいですよろしいです。お見せしましょう。このおにーさんの、記憶の一部を」
そして、狐乃音は神様パワーを使って、編集なしノーカットのVTRを見せ始めた。
女の子二人は、目をまん丸にさせながら、見続けた。
始まったのは、うんざりするくらいの、浮気現場。
彼は一体何度、それも何人に、I LOVE YOUを呟いたことだろう?
二人が共に知っている人物が、何人もいた。
歯の浮くような台詞。誠実さの欠けらも無い、軽薄ぶり。
それにもかかわらず、彼の相手をしている女の子は一様に舞い上がり、素敵な笑顔を見せる。
超一級の、天才詐欺師。その妙技を見せつけられているかのよう。
反目しあっていた二人は呆然とし、やがて疲れたのか、深いため息をついた。
そして互いに、今回の凶行に至った非を完全に認め、心の底から謝ったのだった。
……ごめんなさい。
……こちらこそ、ごめんね。
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