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3.お話、朝まで
「狐乃音ちゃん、狐乃音ちゃん」
「うきゅ? あ、あれ? あれれ? お兄さん?」
「どうしたの? すごくうなされていたよ?」
そうか。あれは、夢ですか。
……夢でよかった。本当に。狐乃音は心底そう思った。
ここは、狐乃音がお兄さんと一緒に寝ている部屋。とても広い、畳の和室。
夜になると押入から布団を出して、並べて寝るのだ。
「怖い夢でも見たの?」
「……はい。とても」
お兄さんは、肩を震わせてしゃくりあげる狐乃音を膝の上に乗せ、優しく頭を撫でてくれた。
悪夢は去った。狐乃音は安心した。
「もう、大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
高まっていた鼓動が、ゆったりとしたものに、落ち着いていく。
「どんな夢? ……ああごめんね。聞かない方がよかったか。思い出したくもないよね」
「いいえ……」
狐乃音はむしろ、話を聞いてほしかった。
「夢のこと。聞いてもらえませんか?」
もちろんOKだと、お兄さんは頷いた。
それからたくさんの時間。窓の外に朝焼けが見えはじめるまで、お話を聞いてくれた。
狐乃音は心の底から、救われたと思った。
「……私は。自分の力で、多くの人を助けられるだなんて、思い上がってはいません。でも、未熟すぎるから、本当に何もできませんでした」
相当落ち込んでいるのか、狐尻尾もお耳も、ぺちゃっとしていた。
「狐乃音ちゃん。僕は思うんだけど」
話を聞き終えて、お兄さんは言った。
「もし仮にね。現実で、狐乃音ちゃんが神様としての力をオープンにして、使って、治療のボランティアとかしていたらね。多分、夢と同じことになっていたと思うよ」
「……はい」
きっとそうなのだろうと、狐乃音は思った。
「だから私の存在は、公にはできないのですよね」
「……うん」
そうすることで、狐乃音はお兄さんによって、守られているのだ。悪意を持った誰かに、その力を利用されることもない。
「愛情や信頼と憎悪って、表裏一体なのかもね」
狐乃音がどうなろうと関係ないと、そう思う者が現れても不思議ではない。
「都合のいいときは頼りにして、うまくいかないとわかったら八つ当たり。パニックの時は、そうなりがちだよ。人は弱いから、ね」
お兄さんはため息をついていた。
「まあ、勝手なものでしょ。……人のこと、嫌いになった?」
「そんなことは、ないです」
狐乃音は思い出すように、言った。
「いろんな人がいますから」
「そっか」
狐乃音はお兄さんの手を握って、目を伏せた。
「こんな時。ずっと私のお話を聞いてくれる、お兄さんみたいな優しい方も、いらっしゃいますから」
「そっか」
「はい」
お兄さんの大きな体に包み込まれて、狐乃音は安心しきっていた。
チチチチと、目覚めた鳥達の鳴き声が、聞こえてきた。
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