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6.出発前
「警察に通報する?」
「私の想像ですが。もう、状況的に間に合わないと思います。それに……」
狐乃音は少し間をおいて、言った。
「もし仮に通報したとしても、信じてもらえるかどうか。です」
それもそうだと、お兄さんは思った。
「あっちの方で何かよからぬことが起きそうだから、見てきてください。……とか言っても、相手にしてもらえないか。そんな曖昧な理由じゃあね」
「はい。いたずらだと思われるのが、関の山です」
そうなるとまた、異変を確かめる手段は一つ。いつものように、狐乃音が現地に赴くしかないのだ。
「必ず無事に、帰ってきてよ?」
「はい。必ず」
お兄さんは腰を屈めて狐乃音と視線を合わせ、ぎゅっと抱きしめた。
危ないから、行っちゃだめだよと言ったところで、この子は行きたくなってしまうのだ。見ず知らずの、誰かを助けるために。
本当に、真面目で礼儀正しくて責任感が強くて、とても優しい子だと、お兄さんは思うのだった。
「いつも心配ばかりかけて、ごめんなさい」
「いいんだよ。……僕の方こそ。何も手伝えなくて、ごめんね」
「そんなこと、ないです」
狐乃音は神様なのだ。彼女にしか、この異様な状況を解決することはできないことだろう。お兄さんはそのことを痛いほど、理解していた。
「お兄さんがいてくださるから、私はこうして落ち着いていられるのです。そうでなければ、不安で押しつぶされちゃってます」
「……。狐乃音ちゃんが帰ってきたら、すぐに休めるようにしておくから。それに。必要があれば、いつでも車を出してどこにでもすっ飛んで行けるようにしておくから、遠慮なく呼びかけてね」
「はい!」
ものすごく頼もしい。最高のバックアップをしてもらっている。心遣いに感謝。
「では、行って参ります!」
狐乃音はお兄さんに笑顔を見せて、そして、身軽な忍者のごとく、窓から飛び出していった。
目的を達成し、必ず無事に帰還する。ミッションは単純だった。
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