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ところが世の中はある日を境に一変した。
新型感染症対策の為に、マクス着用が必須となった。
ライブハウスを始めとしたエンタメ業界は矢面に立たされ、行く予定をしていたライブは次々と中止になった。何枚ものチケットがただの紙屑になった。
大学の授業も就活関連の諸々も、ほぼほぼオンラインとなった。ただ今日はたまたま事務室に用事があって教養学部棟に来ていた。
そこで、僕はかつての恋人に話しかけられたのだ。
「ねぇ、覚えてる? ずっと前に、ライブハウスに行ったよね」
別れた理由が何だったかは思い出せない。
だけど。
彼女とライブハウスに行ったことは、僕の人生を一変させた。
忘れることは、決して、ない。
「行ったね。懐かしいな」
「あのバンド、メジャーデビューするんだって」
「そうなんだ」
とぼけたように答えたけれど、知ってはいた。
彼女がいたかどうかは確認していないものの、僕は彼らのライブにだけは何度も行っていたから。
ライブを重ねるにつれて、どんどんとフロアが埋まっていったのを、知っていたから。
「このご時世に音楽なんて大丈夫なのかなって不安に思ったりするんだけど。でも、あの子が頑張ってるからわたしも頑張ろうって思う」
だからテレビで見かけたらよろしくね、と彼女が会話を終えようとしたとき。
僕は、彼女に問いかけた。
「ねぇ、覚えてる?」
彼女が首を傾げる。
「あのときは、マスクなんかなくても、僕たちは音楽を楽しめたんだ」
そんな世界があったことを、忘れたくない。
ねぇ、君は、あなたは。
――まだ、覚えてる?
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