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その日は土砂降りの大雨。
冷たい雫が容赦なく倒れた体に降り注ぐ。
(どうして…こんなことに…)
泣けない俺の代わりに空が泣いてくれているようだった。
そして、目の前につきつけられた“ソレ”は
紛れもなく俺に差しのべられた、救いの手だった。
「た~か~とっ、暇!」
「……」
何度も同居人である剛人の名前を呼ぶ。
同居人というより、人からの誘いで居候させてもらっている身なのだが。
宿六である剛人は、さっきからずっと俺を無視してカタカタとキーボードを打っているだけだ。
この状態が今朝からずーっと夕方の今にいたるまで続いている。
TVも見飽きた。
面白くない。
ぜんぜん構ってもらえない。
「ねぇ、剛人~。剛人ってば!!」
「あ"ぁ、うるせっ!!仕事をしてるんだから、少しは静かにしてくれって」
駄々をこねるように何度も耳元で呼びかければ、さすがに鬱陶しくなったのかやっとこっちを見てくれた。
おっと、整った顔が鬼のように歪んでいる。
「…だって暇だもん」
「だもん。とか使うな、気持ち悪い」
「えー、いいでしょ?可愛いでしょ?」
「可愛くない」
きっぱりと言うなり、再び画面に視線を戻されてしまった。
男が可愛いなんて嬉しいわけがない。
それに俺も言われたって嬉しくない。
だけど、お前には…。
むーっと後ろから抱きついたまま、顎を肩に乗せる。
「だって、ずっと仕事ばっか」
「そりゃ締め切りがあるから。さっさとこの書類終わらせて会社に持っていきたいわけ、分かったか?」
「……最近は仕事仕事ばっかで、家にいても一緒にいられないじゃん」
寂しいと呟くと、剛人は軽い溜息を吐き俺の頭を撫でた。
でも顔はこっちを見てない。
「拗ねんなって」
「拗ねてない」
不貞腐れたように、ふんっと顔を逸らし剛人から少しだけ離れた。
これがどんな効果をもたらすかなんて、分かり切っている。
ほら、体をこっちに向けて俺を見てる。
「……はぁ…。終わったらちゃんと外に連れて行ってやるから」
案の定しょうがない奴、と折れてくれた。
「ほんと!?」
ぱっと明るい笑顔でその目を見つめると気まずそうに剛人の視線が俺からずれた。
その瞬間を見逃すはずがなかった。
「…いま、ムラッとしたでしょ?」
「っ、てないっ!それに俺は仕事中だっ」
図星だったのか、顔が赤い。
なにより、今度は顔を逸らした。
(本当に分かりやすい奴)
多分いまの俺は、悪戯をしようと企んでいる子供だ。
彼に向って伸びる、自分の手が視界にはいった。
「剛人……」
「んだ……っ!」
「ん…っ、…んん」
ずくずくと心の中が疼いて、気がつけば彼の名前を呼び無理やりキスをしていた。
ゆっくりと優しく俺の腰の回される力強い腕。
俺を拒まないその反応が、嬉しかった。
思わずギューッと剛人の頭を自分の胸に収める。
「俺は、したいよ…」
「お前なぁ……」
呆れた彼の声。しかし確かな熱を持っていて、なんだかそれが嬉しかった。
俺の首元に埋まる剛人の髪がくすぐったい。とか思ってたら、服の中に剛人の手が入ってきた。
「んっ、仕事するんじゃなかったの?」
クスクスと笑うと、バツの悪そうな顔で剛人が少し困ったように笑う。
「どっかの脳内幼稚園児が悪さしたんでな。それどころじゃないって」
「はは。それって俺のこと?」
うっすらと、『煽った責任はとれよ』と聞こえて俺は笑った。
それは優越感から。
「もちろん」
そして俺の体は床に倒れた。
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