7人が本棚に入れています
本棚に追加
***
『ばーっかじゃないの!?そんなことで元カノに電話してくる、普通!?』
「……ゴメンナサイ」
一人暮らしの家に帰ったあと、僕は慌てて電話をかけていた――不動産会社に勤める元カノのところに。そう、たまたま僕達が請け負ったあのマンションの依頼主が、彼女――明日香の勤め先の会社であったのだ。ちなみに地域密着型の会社ということもあって、その不動産会社に勤務する知り合いは多い。ただ、連絡先まで知っているのが悲しいかな、元カノの明日香しかいなかったのである。
別れて数年。蟠りもたいぶなくなったとはいえ、別れたあとでそんなしょうもない電話をかけてくる男に呆れるのも無理はないだろう。別れた理由が互いの浮気ではなく、単に“価値観の違い”であったのが唯一の幸いだろうか。
派遣社員じゃなくて正社員の彼女は、僕よりも勤務時間が長かったりする。今回は運良く、タイムカードを終えて帰ろうとしたところで電話が鳴ったという形だったようだ。名前も表示されていただろうに、それでも無視しないでいてくれたことを心底有り難いと思う。
『女の幽霊?……あんたね、ビビリなのも大概にしなさいよ。そんなのいるわけないじゃない』
彼女は露骨なまでに機嫌が悪い。ちょっと悪すぎるほどだ。
『そのマンションの話は社内でも有名だから私も知ってるけどね。事故物件があったとか、そんなんじゃないから』
「え!?そうなの!?」
『そーなのー。……あそこの土地が長らくほったらかしだったのは、所有者が曖昧だったからよ。前の持ち主が死んだあと、ちゃんと遺産相続されてなくて。長いこと廃屋がほったらかしになってて危なくて、どうにか数年前に役所が動いて建物だけは撤去したんだけど……土地がね。どうにか相続人が決まって売ってもらえたのが去年なわけ。人が死んだとかそんなんじゃないから。前の所有者もソコ住んでたわけじゃないし、ソコで死んだわけでもないし』
「はぁぁ!?」
じゃあ僕が見たあの女はなんだよ!とやや逆ギレ気味に叫んでしまう。仕事に忠実で真面目な明日香が、こんなことで嘘をつくとも思えなかったから余計に謎だった。
『知らないわよ、あんたの見間違いでしょ』
明日香はどこまでも冷たい。いくら元カレだからって、もうちょっと真剣に聞いてくれてもいいだろ、と思った僕は。次の瞬間、彼女の言葉で凍りつくことになるのである。
『それよりも、さっきからあんたの部屋五月蝿くてたまんないの、黙らせてくれない!?』
「はあ!?何の話だよ!!」
『だーかーらー!』
そう。彼女は最初から、それでキレていたのだ。
『あんたの部屋に上がり込んでるオッサンをなんとかしてよ!さっきから“コージー”、“コージー、無視しないでくれよー”とかなんとかずっと呼んでてまじでうっさい!あんたの知り合いでしょ、これだから酔っ払いは嫌いなのよ!!』
再三言う。
僕は、一人暮らしだ。部屋には僕一人しかいないし、会社の関係者を家に上げたこともない。
そして僕を、コージーなんて呼ぶのは一人だけだ。
「……え?」
後日。
僕は明日香の言うとおり、あのマンションの場所で人が死んだ事実はなかったことを知る。そして一緒に働いていた人の中に、“枝野”なんて男性はいなかったということも。
僕が見たものはなんだったのか。
一緒にご飯を食べたあの人は誰だったのか。
結局、真相は闇の中である。
最初のコメントを投稿しよう!