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コージー。
「なあコージー、覚えてるか?先輩方が朝言ってた話さ」
ファミレスの席。テーブルの向かいに座った先輩にそう言われて、僕は渋い顔をした。完全に面白がっている。間違いなく朝、僕の顔が強張った様を見られたのだろう。
「覚えてますけど、それがなんだって言うんですか。てか、変なあだ名つけるのやめてもらえます?俺は桐島浩次。こーじー、なんて名前じゃないんで」
「いいじゃねえか、あだ名っぽく呼んだほうが親しみが持てるだろー?短い時間とはいえ、一緒に働く仲なんだしさー」
「はぁ……」
目の前の彼は、枝野先輩。同じ工事現場で働く先輩だ。派遣社員の僕とは違って、契約社員というやつらしい。僕よりちょっとだけ給料がいいんだとか、なんとか。ムカつくが、その結果こうしてお昼を奢って貰っているので贅沢は言えない。例え本人がおかしなあだ名をつけてくる、イタズラ好きのオッサンだとしても。
彼が言っている“朝の話”というのは。朝、他の先輩たちが面白がって喋っていた件のことだった。
現在僕達は、とあるタワーマンションの工事現場で働いている。駅から近く、学校も近く、コンビニやスーパーも近いという素晴らしい立地。にも関わらず、この場所は長らく空き地のまま買手がつかず、草ボーボーのままほったらかしになっていたのだという。
先輩達はこれ幸いとばかりに、“事故物件でも経ってたんしゃね?”と話していた。そして現場監督に大層雷を落とされていた。マンションを売るのは自分達の仕事ではないとはいえ、これから作るマンションに悪評が立ちかねない噂話をするなど論外だろう。近隣住民の耳にでも入ったら実に面倒である。
「実はさー、コージー。俺知ってのよ、マンションが立つあの土地で何があったのかってのをさー!」
「先輩ー?僕叱られたくないんですけどー?」
「大丈夫だって、誰も聞いてねーよ!あの監督が酒も飲めないファミレスになんか来るもんか!」
いや、普通に仕事の休み時間にお酒飲んじゃ駄目でしょ、とは心の中だけで。このファミレスに来そうにないというのは同意ではある。あんなガタイのいい髭のおっさんに、このほのぼのとしたパスタ中心のファミレスは似合わない。まあ、目の前の恰幅のいいおっさんも似たようなものだが。
ちなみにこのファミレスは酒類の提供もしてはいるが、時間は二十時以降となっているらしい。その時間にもなれば、子供が来ることも少なくなるからだろう。
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