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「ねぇ、覚えてる?」
そろそろ初雪が降るかもしれないという冬のある日、その子は突然そう言った。
「・・・何を?」
気だるい身体に布団を引き寄せ、オレは深くベッドに潜った。
本当はシャワーを浴びて身体をキレイにしてから寝たいけど、今日はもう眠くて仕方がない。そんなオレに肌をぴったりくっ付けて抱きついてきたその子は、オレの胸に頬を寄せた。
「僕たちが初めて会った時のこと」
オレがそのまま寝ようとしていることに気づいたその子も、オレに足をからませて寝る体勢になる。
「初めて・・・?」
オレたちが初めて会ったのは、オレが教育実習に行った高校でだ。
でも受け持ちの学年じゃなかったから、お互い姿は見ていたけど、ちゃんと話したのは・・・。
「音楽準備室?」
実習最後の日に呼び出されたのは別館の音楽準備室。そこでオレたちは初めて面と向かって話をしたんだ。
なのに、オレのその答えを聞いたその子はぱっと顔を上げてオレを見る。
「それ、本気で言ってるの?」
眉を少し寄せてじっとオレを見るその子は、若干怒っているようだ。
あれ?その前に話しただろうか?
オレは眠い頭を急いでフル回転させて思い出す。
とても可愛らしいカップルを見かけたのは、実習に行ってすぐだった。
職員室の窓から見える生徒たちの登校風景。その中に、とても目立つ二人組がいた。
一人は制服をひとつも着崩さず、サラサラの長いストレートの髪に伏し目がちの、まるでおとぎ話に出てくるような清楚なお姫様。そしてもう一人は、こちらも茶髪とは無縁のサラサラの黒髪に大きな黒目がちの瞳の王子様・・・と言うにはキレイすぎる今流行りのジェンダーレスの男の子。こちらもお姫様、と言っても過言ではないくらいキレイでかわいい子だった。
学校なので二人とも制服を着ているから男女の普通のカップルに見えたけど、おそらく私服だったらキレイな女の子二人組に見えただろう。
だけど、ちゃんとお付き合いをしているらしいので、男の子がおネエという訳では無いらしい。
とにかくその二人は学校でも有名人だったんだ。
オレはいつ見ても二人一緒に仲睦まじく手を繋いでいる彼らを、いつも微笑ましく見ていた。
ストレスばかり溜まって疲れきった心の密かな癒しにしていたのだけど、はて、最終日の呼び出しの前に言葉を交わしたことなんてあったかな?
頭の中で一生懸命考えていたが、一向に望む答えが返ってこないことに腹を立てたその子はオレの胸に強かに噛み付いた。
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