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……駄目だ。
こいつが俺の身に起きていることについて何か知っているのは間違いないとして、正攻法でそれを聞き出すのは無理だと確信した。こういう飄々と話題を逸らすのに長け、どこまでもつかみどころがない輩というのは、俺がもっとも苦手とするタイプだから。
だがだからといって、頭を下げるというのも違う気がする。おそらく恩人であることは間違いないんだが、こいつの言動は一切感謝したいという気持ちにさせてくれない。意図的に会話が成り立たせないよう振舞っているというか、明らかに煙に巻かれている節がある。今更態度を変えて、下手に出るのも何か違うと思ってしまうのだ。
質問の切り口を変えようと頭を悩ませていると、女はどこか呆れたようにため息を吐いて言った。
「……一つだけ忠告しといてやる。命ってのは、一度捨ててしまえば二度と帰ってこないもんだ」
「え……?」
「生者と死者を隔てる溝はそれだけ深く、埋める術などありはしない。彼岸の向こう側に足を踏み入れてしまったら、帰ってこれる保証なんてないんだよ。
お前が死を嫌悪しない性質なのは一目見ればわかるが、それは心のどこかが壊れているからだ。死にたがるのは勝手だが、世の中にはそういう法則があるんだと理解しろよ。
代償を支払う覚悟がない者は、力を持つに値しない。つまりはそういうことだ」
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