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女は何故自分がここにいるのかわかっていない。強いて言うなら、ただ目が覚めたから――――それだけのことだった。今がいつで、自分が何者なのか正確に理解しているわけではない。この地についても良く知っている気がするようで、しかし実に曖昧だ。長い長い眠りから覚めて、外に出たら月が綺麗だったから、ここまでふらりと歩いてきただけ。
けれど、それだけじゃない何かも同時に感じている。こうして夜陰に紛れて徘徊することで、何か決定的な出会いを果たすことになるかもしれないという期待感、胸騒ぎを感じている。予感と言っても良いかもしれない。
「けれど、それも思い違いなのかしら」
どうにも意識がはっきりせず、女の思考はぐるぐると同じ場所を回り続けていた。胸に渦巻くこの感情は何なのか。
自分にとって何か忘れてはならない、明確な目的があった気がする。記憶の海に両手を通して、欠けている何かをどうにか救い上げようとする。だがあと少しで掴めると言うところで、それは指の隙間から零れ落ちてしまうのだ。
未だそれを思い出すことは叶わない。仕方なく、女はぼうっと月を眺めるのだ。
この場所は月が良く見える。
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