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マンネリの朝
まれに感動や動揺という名の雨水が、コンクリートな言葉と言葉の隙間からしたたり落ちてくることがある。心臓がふわふわとして胸の定位置におさまらないときにありがちで、それはたいてい夜と朝のはざまか、朝と昼のはざまに目覚めて谷底で呆然としているときだった。
今日は目が覚めたとき、朝は熟しきって土の上に落ち、いやなにおいをたてていた。少しだけ心がざわめいている。カーテンからもれる光はまだ青いが昼のかおりがする。五月の日曜日である。
ベッド脇の床には、原口が酒の詰まった革袋となって転がり、微動だにしない。熟しすぎた果実のにおいの源泉は、この熟睡する男とごちゃごちゃしたテーブルの上で中身を自由に蒸散させているコアントローの瓶とフルーツサワーの缶だった。
昨夜、テーブルの奥に居座っていた夏菜子は痕跡も残さず消えていた。彼女が口をつけていたグラスは、いつの間か台所の水切りカゴに伏せられている。
「夏菜子って、いつ帰ったか知ってる?」
泥にひたした雑巾のような上体をどうにか起こして発声したけれど、こだま一つ返ってこなかった。メガネをかけてよどんだ目を巡らせると、マリブの白いボトルの横で、ノートパソコンが画面を真っ暗にして眠っている。エンターキーでたたき起こしたら、忠実に目を覚まして、昨日原口がつなぎ合わせた映像の編集画面を映した。
「おっ、サムネ画像、すげえいいじゃん」
ふたたび声をかけても、原口はあいかわらず動かなかった。
「導入もよさそうじゃん。街灯が明るくて割と健全な公園だったのに、どうやったらこんなに薄暗くて不気味なぐあいに編集できるんだ? ん? すばらしい」
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