マンネリの朝

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 私が褒めに褒めていると、転がっていた革袋はようやく入口のしぼりをゆるめて、「うん」と穴の奥から声をもらした。 「いまなんじ?」  原口がアルコールの蒸気を全身から発しながら、けだるそうに身を起こした。身体のなかで酒がゆれてちゃぷちゃぷと音が聞こえたような気がする。私が適当に返事をすると、ふたたび床に身を横たえて「もうちょい寝てていい?」と言って、返事を待たずに崩れて溶けた。  大学の映画サークルで撮影クルーを務めていた原口は、動画編集の技術がずば抜けていて、酔いつぶれなければあらゆる手ぎわが職人的にとぎすまされた男だった。昨晩は、撮影から帰ってくるなり、半分がウィスキー半分がコアントローという容赦のない無名の酒を左手のグラスで流しこみながら、私が果てしないバイトの末に入手したパソコンを相手に、儀式めいた作業を繰り返していた。  朝に生み落とされていた動画のタイトルは、「【まじでやばい!】池で女のうめき声が…【肝試しシリーズ12】」である。 〈再生ボタンをクリック〉 「おはようございます!」  映像が始まると、画面の下から白目を向いた男の首が飛びだしてきた。 「ちかいちかい」 「怖ぇよ!」  画面の外から男女の声が聞こえる。飛びだした男と同様に、声の主たちははしゃぎ、浮かれて、幸福に満ちていた。 〈場面転換〉  二人の男と一人の女が夜の森を背負いながらライトに目を細め、前に手を組むなどしてかしこまっている。
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