ファナティックとフラットのあいだ

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 この感覚を手放したくない。本能がそう訴えていた。行き先には大きな鉄壁が立ちはだかり、来し方にはねじ切られて刺々しい残骸が転がるなかで、私の手は羽のように薄く輝き、抽象的な風をとらえ飛翔していた。そして高みからは、鉄の墓標を超えた先にある地平線をいくらでも望むことができた。暗くもあり、明るくもある、白夜のようなすえずえを。  六月の美しさが際だったのは、おそらく、七月に濃厚な影が落ちたせいもあるのだろう。私たちの脳はとてもあいまいで、体験そのものを記録して評価するのではなく、その前後の体験とのコントラストによって鮮やかさを後付けで記憶する。  悲しいことに、崖の高さは落ちてからしか気づかないのだ。転がり落ちて、全身傷だらけになって初めて、自分がさっきまで歩いていた道がいかに到達しがたい場所だったのかを悟る。
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