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フレイミングナイト
その日は、遅番で午前零時近くまでホールでオーダーをとったり、キッチンを手伝ったりしていた。客がいなくなるころには、油の臭いの染みついた肩はしっとりと重くなり、バンダナに締めつけられた脳は芯から赤く火照っていた。
しかし、それらが輻射する熱はいつになく心地よかった。焦げついて頭蓋骨の内側にこびりつくような、あの苦々しい痛みがなかった。六月の爽快がまだ続いていたせいもあるだろうが、梶井が辞めたことが大きかった。
彼は、私と一緒にシフトに入ると必ず私をからかってきたし、私をからかうよう周囲にも水を向けた。このあいだのバーでもそうだったが、彼は立場の弱い人間をおとしめることで、風通しのよい空間をつくろうとする習性があった。誰かを這いつくばらせて、みんなでその背中に乗ろうと提案するのだ。その梶井がいなくなった途端に、誰も膝を地につけたり、それを見下ろしたりすることがなくなった。
「柳田、おまえんとこの大学大丈夫か? 杉内も葉山もなんだかよくシフト入れてくるんだよ。助かるんだけど、ちゃんと勉強もしろよな」
二十三時三十五分、最後の客がはけ、椅子を机に上げて掃除をしていると、レジの確認をしていたチーフが穏やかに言った。ジジジジッ、と吐き出されるレシートを、髪をいじくる女児のように意味もなくこすったり引っぱったりしている。
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