マンネリの朝

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 私が回想にふけっていると、いつのまにか動画は数場面を経て、最後のハイライトを迎えようとしていた。池の周りを歩いているあいだ、三人は犬の遠吠えや明滅する街灯、緩やかに広がる池の波紋などにわざとらしくおおげさに驚くなどの茶番を繰り返した。池を周回し、例のトイレの前をまた通り過ぎて、公園入り口付近の雑木林に差しかかった。そのとき。 「ぃやだ」  ビデオカメラの外付けマイクはたしかに、そのような声だか音だかを拾っていた。少し低い女性の声のようにも聞こえるが、湿気のない棒読みで、なにかを嫌がっているような抑揚は聞き取れなかった。  今回の収録で正体のわからなかった現象は、あとにも先にもその一音だけだった。奇妙なのは、かなり明瞭に記録されているのに、動画の中の人間たちがなにも感知しなかったことだ。  誰もなんの反応も示さなかったので、原口は太文字のテロップで煽るしかなかったようだ。 〈みなさん…お気づきでしょうか……〉〈なにかを嫌がる声……女性の霊!?〉〈収録時にはだれも気づいていないけど、これは後から重ねた音声ではありません〉  そんな言い訳めいたテキストを次から次へと流しながら、該当の音が流れたシーンを三回連続してスロー再生するという演出がさしはさまれた。  そのあと、三人が公園の入り口に並んで立っているシーンに移り、心霊スポットはトイレであったと黒縁メガネが打ち明けて、チャンとカナピがおおげさにリアクションしているうちに動画の幕は降りた。
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