もうフレンチトーストなんて作らない

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*    君は週末になると私のアパートに泊まりにくる。土曜日の夜、君がシャワーを浴びる音を聞きながら私は卵を割って、計量カップで牛乳を量る。フレンチトーストは、前日から卵液を浸み込ませた方が確実に美味しい。食パンの耳も切り落とす、その方がまんべんなく浸みるから。  君の笑顔が見たいから。君に喜んでほしいから。君にありがとうって言われたいから。  彼氏のために翌日の朝ご飯の下準備を隠れてする彼女なんて、そうそういないよきっと。  君がシャワーを終えても、まぁそんなこと知るよしもなく、テレビのよく知らないお笑い芸人のネタに声を上げて笑っている。その時の私は、よく言えば君にとって居て当たり前の存在、悪く言えば空気になっている。私のこと、もっと見てほしいけれど、見てもらえるほどの何かが私にあるのかな。 *  君より早く目が覚めて、最近態度冷たくてもそれでもだらしない顔して隣で眠っている君が可愛く見えて、あれこれもしかして母性本能? 今一番欲しくない感情が生まれたりする。  昨日仕込んだフレンチトーストをフライパンで焼いていると、ジュワジュワとバターがうなる音で君が起きてきて、顎を私の肩に乗せてくる。君と私の身長差は一センチだ。私の方が一センチ高い。君は「身長欲しい」といつも言うから、私は「あげられるものならあげたい」が口癖になった。  「フレンチトースト?」  「そう、昨日からつけといたの」  「えー楽しみ」  「いいよ、あと自分でやるから」そう私が言ってしまうと君は再び眠るか、ゲームを始める。もうちょっと構ってほしい気持ちもあったけれど、自分でそう言ったのだからしょうがない。  バナナが冷蔵庫に余っていたから、切って適当にバターと砂糖でカラメリゼする。  あれから君が「美味しい」を言わないことは無くなった。  蜂蜜をこれでもかとかけてフレンチトーストを幸せそうに頬張る君は、カラメリゼしたバナナを褒めてくれた。「今度俺も作ってみようかな」君に褒められたのがすごく久々な気がして、素直に嬉しかった。追加で、切り落としたパンの耳もフライパンで焼いてあげる。 *  週末泊まりにくる君の服や下着が、何着か私の家に溜まっている。昨日シャワー浴びる前に脱いだ服が洗濯機の上に放置してあるから、「また洗っておく?」と私は尋ねる。  「あっうん、お願い」君は玄関でスニーカーを履いている。「友達と遊んでくる」と楽しそうに語る君は、私とのデートは最後いつだったか、覚えてないんだろうな。「来週映画でも行こうよ」と私が言うと、「予定空いてたらね」と全く予定空ける気のない返事が来た。  いつも別れ際にするハグとキスは、「恋人の関係」を唯一保つためのルーティンワークみたいだった。
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