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君が出て行った後、私は一人アパートに残される。
そういえば私が何か料理作っても、最近の君は食器の洗い物をしてくれなくなった。
乱雑に放置されていた、君が昨日着ていた服を掴むと私はそれを顔に思いっきり押し付けた。
私のでも、君のでもない、知らない甘いシャンプーの匂いがした。
――私は、君の「お母さん」だから。
母親は、息子の恋路の邪魔をしないで、見守らないといけないね。
私だって、そこまで馬鹿じゃなかった。さっき君が電話していた相手が、きっと君が好きな女の子。いつかの日に、君の脱ぎ捨てた服に黒くて長い髪がついてるのに気づいて、それが何回か続いて確信した。
君の好きな女の子は、きっと君より背の高い私なんかよりずっと小さくて守ってあげたくなるような感じで。お化粧もきっといつもさりげなくしていて、私はもう最近面倒になってすっぴんで君の前いることが多かったから、「彼女」じゃなくて「お母さん」になっちゃったのかな。君のことが心配で、色々言い過ぎたからかな。一人だと気乗りしない料理も、君がいるときはちょっと楽しかったりしてたんだけどな。心当たりがいくら何でも多すぎだ。あーあ、今朝フレンチトーストなんて作るんじゃなかった。
白いTシャツに顔をごしごしこすりつけると、君が起きる前に目覚めたし、たまには可愛く見られてみたいと思ってつけたマスカラとアイシャドウがTシャツにべたっとついた。君みたいに汚れていて、いい気味だと思ったはずなんだけど、私は泣きながら洗濯機に君の服を突っ込んだ。
『もうフレンチトーストなんて作らない』
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