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「……なんで何も言ってくれないの?」
君が「お腹減った」って言うからパスタ茹でたのに。
一人の時はパウチのソースだけで食べるけど。今日は君がいるから、ピーマン、タマネギ、ウインナーを切るところから始めるナポリタン、二人前のパスタを茹でて君の方が少し量多くして、最後に温玉まで乗せてちょっとおしゃれなのにしてみたんだけど。
その時、唐突に母の言葉を思い出した。何年か前の父の日、いつもより少し豪華な食卓に父は感想も何も言わなかった。普段の食事でもそれが普通だったし、私もいつも通り食べていたのだけれど、母がぼそっと「折角作ったのに何も言わないんだね」と言った。
今自分がその立場になってみて、母の頑張りが「当たり前」として流されてしまっていたこと、あの日の母の言葉に籠っていた悲しみが急に自分に跳ね返ってきて、突き刺さった。想像していたよりずっと辛かったし、ズキズキ痛みが残った。
「え? あっごめん、美味しいよ」
そう言うと、私よりずっと多い量のパスタを一度にフォークに巻き付けて、口に入れる。食べっぷりがいいのは、それだけ美味しいからという解釈であっているのだろうか。君の目の前には彼女がいるのだけれど、手元のスマホで、食べながらゲームするのはやめてほしいな。
付き合って一年近い彼の素行が最近妙に気になりだして、今まではご飯食べてるときのお喋りが楽しかったのだけどそれも減って、私が単調な毎日の中から必死に絞り出した話のネタを、君は「へーそうなんだ」とすぐに終わらせる。仕方がないから、君が好きだから始めたゲームに私もログインする。君は最近、ゲームの話しかしない。
「お節介焼き」の自覚は前からあった。以前サークルで副部長をしていたときも、自分からどんどん仕事量を増やしていて、部長やその他部員に感謝されていた。役立つことのやりがいと、もしかしたら感謝されることで、自分の存在意義を見出していたのかもしれない。私はここにいていいんだと、ここにいなきゃいけないのだと。
「レポート終わったの?」と尋ねると、「あと少し」と返事。
他にもたくさん、気になることがあって訊いてしまう。「普段ちゃんと野菜食べてる?」「睡眠時間とれてる?」「もうすぐだけどテスト勉強してる?」「そろそろ就活始めなきゃ」
君の返事はいつもテンプレートのコピペみたいで、「わかった」「大丈夫」で終わる会話。その後に話を続けるべきなのか、切り替えるべきなのかわからなくて、大抵「ちゃんとしてよね」と念押し。私も言葉を続けるのに疲れて、黙ってしまう。それは現実でも、スマホのメッセージ上でも。
面倒見が良くて、「お母さん」みたい。
何かと世話焼きの私に対して友人が言った率直な感想が、ひどく私の頭に残っていて。
私は、きっと君の「お母さん」になってしまっている。
身の回りの色々なことが、付き合いだした当初よりだらしなくなって、ご飯中にスマホとか、それが一人暮らしの君の日常なのだから、私に心を開いてくれている、甘えているってことなんだろうと、これまでそう思っていた。その解釈は私にとって都合が良すぎたのかもしれない。
息子の健康を、大学生活を、将来を気にする、小言がうるさいお母さん。
私は、君の彼女をいつやめるといっただろうか。
私と結婚して、子どもできたときには私のこと「お母さん」って呼んでもいいけど、まだそうじゃない。
そもそも多分、結婚する気もないくせに。
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