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僕は恐怖にかられ、玄関の外に逃げようとした。
だが一度閉じた扉はなぜか開かない。大声を張り上げ、助けてくれと叫ぶ。
リビングからレインコートを着た男が出てきた。顔は見えない。
男は妻の腹部から包丁を引き抜いた。そうして恐怖にすくむ僕の顔を触り、口に包丁を差し込んだ。
生臭い血と肉の臭い。それからざらついた血の味が口に広がる。
「俺のこと覚えてますか?」
男は血に濡れたレインコートを脱ぎ捨てた。顔が見える。この男は誰だ?
名前は何だっけ?
「あなたにすべてを奪われた男ですよ。ご存じない?」
男の口元が吊り上がる。ランランと輝く目には娘のひとみとは違う怒りをたたえた狂気が浮かんでいる。
とてもうれしそうに見える。
「ではこたえなくても結構ですよ」
包丁が僕の口元から耳元までを一息に切り裂く。これまで味わったことのない痛みが走る。
男を突き飛ばし、玄関ドアを揺らしながら、悲鳴をあげようとする。
だが、包丁の引き裂かれた部分が痛くて、声を出すことができない。
涙が止まらない。痛くてたまらない。
男は続けざまに僕の右肩に包丁を突き刺した。
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