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娘の話
「誰かに電波で心を読まれた気がするの。昨日も学校からの帰り道、宇宙人みたいな銀色の顔をした男がわたしをつけていたの」
父はまたかという顔をして私を叩いた。
「またそういっておまえはわけのわからない自己主張をして僕たちをイライラさせる気だな。誰もお前のことなどみてはいない。自意識過剰もいいかげんにしろ」
父は私を叩いた。母は見ている。弟は地蔵になっている。
「本当の事なんだよ? 男が私の後ろをずっと歩いていたの。ニタニタと、ニタニタと。気味の悪い顔で私を見ているの。」
「うるさい。だまらせろ」
父は悲鳴のような甲高い声で私たちを脅す。
弟が私の手を掴み、二階の部屋に連れて行ってくれた。
「本当の事なんだよ?本当の事なんだよ?」
「お姉ちゃんわかってるから。怖くないからね。大丈夫だよ。だからゆっくり休んでね」
弟は私の手を握って、二段ベッドの下まで連れて行ってくれる。それはいつもいつもいつものことだけど、
とてもとてもとても私は感謝している。助かっている。私にやさしいのは弟だけなのだ。
--翌日ーー
学校帰り、夕方。
私は岐路についている。歩き。私は歩く。
電信柱の影に人影が見えるような気がする。耳元で何者かがささやいている。悪口を私に吹き込んでくる。
「お前の顔を見て、みんなが笑っている」
そう、笑われている気がする。後ろから笑い声が聞こえた。
私は後ろを振り向く。でもそこには誰もいない。声も消えた。
なんだろう?悪意が私の周りを取り囲んでいるのに、私はその悪意を見ることができない。
ただ声だけが耳元で聞こえて、声の方向を振り向くとほとんどの場合、誰もいない。
その声には心当たりがある。宇宙人と大統領だ。私は彼らとの交信を拒否しているが、私の中に住んでいるどくろの幽霊が彼らと交信しているので、いやでも話が頭に入ってくる。
ほら、その電柱の後ろに男がいる。
スーツ姿の男がいる。こけたほほ、生気のない瞳、半開きの口。
誰だろうか?わからない。知らない男だ。
動揺しつつも目を離してから、再び目を凝らす。
そこには誰もいない。誰もいない。誰もいないよ?
そこには誰もいないと思っているかもしれないけど、彼が宇宙人なんだよ。
こまこを影で見守りながら、宇宙の意思を告げる存在だよ。
私は怖くなる。怖くなり、家に帰る。家に帰るけど家もまた怖い。この世に安住の地はない。
だからこそ私は学校帰りの道を歩いて帰るのだ。家でも学校でもない中間の場所のみが恐怖から逃れられる唯一の世界。
もう家に着く。学校から12キロの距離がある家。公共交通機関に乗ると、大統領からの交信によって、電波障害が起き、人は私を見るので、乗りたくない。自転車はもとより持ってない。買うことを許可されていない。
私は支配されている。宇宙と大統領と学校と家族に支配されている。
そんな気がする。
家に帰ると、弟が泣いていた。ギターが壊れていた。ギターのネックの部分が真っ二つに割れている。
ギターは堅い木でできているから、そうそう壊れたりしないよ、と弟は言っていたのに、壊れている。
なんで?なんで?なんでだろう?
パニックになりそうな頭から思念が漏れる。
弟は言った。あの男が壊したんだ。あの男は僕のすべてを壊して笑ってる。
泣いていた。泣いていた。泣いている?泣いているの?泣いている。
私は弟を抱きしめて泣いている弟を抱きしめた。
「アンプも壊れてるんだよ。蹴って壊されてしまったんだ」
弟がアンプをコンセントにつないだ。折れたギターをつなぐと、泣いたみたいな耳鳴りがするノイズ。
露出したスピーカーのコーンが割れた振動をオーバードライブする。
そして部屋の明かりが落ちた。多分、ブレーカーが落ちた。
どたどたと一階から階段をのぼる足音がして。
暴れることをやめろ、騒音をまき散らすなと、暴力による促し。
ーー??ーー
今日もまた疲れた。遮光カーテンを閉めた真っ暗な部屋の中、漫画を読んでいても、内容が入ってこなくて、声が聞こえて、漫画が嫌いになった。
部屋にあった漫画を捨てることにした。漫画を持っていると作者の思念が飛んでくるし、作者の声が聞こえる。
ほとんどは大統領と宇宙人とどくろの幽霊なんだけど、まれにそれ以外の存在からの交信があるから、私は怖い。
漫画を捨てるよ。漫画を捨ててさ、物を捨ててさ、楽になるのだ。
この世は物を持てばそこに思念が宿り、攻撃してくる世界。
私は見られていて、監視されていて、思念が声が語り掛けてくる世界にいて、自分でも薄々、それが普通ではない何かだと思っているけど、
何が異常で何が正常かわからないし、どこにも何もないし、すべてがそこにある脳の中のなにかとの交信。
弟には学校にも友達がいて、体も大きいし、いいなぁ。
世界のどこかに居場所があるんだなぁ。
学校にも行けて、友達もいて、家族は無視すればよくていいなぁ。
私は電波としか話せないのにいいなぁ。
パパが話しかけてきて、話さないでいると、殴られて、指示を受ける。
「笑え」
笑う。殴られる。気持ち悪いって。何をしても叩くの? でも他の家みたいに犯されないだけましなのかも。
ーーー日記ーーーー
「姉ちゃんは統合失調症だと思う。でも僕は精神科医じゃないから本当のことはわからない。姉ちゃんにとって本当の事でも幻覚かもしれない。」
「でも本当のことをおかしく認識しているだけかもしれない。誰かがついてないとダメなんだ」
「姉ちゃんを治療のステージにあげたいけど、僕は中学生だし、親の力なしに病院には連れていけない」
「僕はどうしたらいいのかわからなくなる」
「もしこの世に地獄があうとすればきっと人の心の中にある。無自覚な人間が人を無自覚に殺してる。それは心かもしれないし体かもしれないけど、僕の知ってる地獄はいつも人の心を殺す人間が作ってる。」
「姉ちゃんを助けたいです。神さま、僕の姉ちゃんを助けてください。僕はもうどうなってもいいから。おねがいします」
「姉ちゃんは壊れてしまった。ずっと前から壊れる予兆はあったのに。僕は地蔵みたいにずっと石になってた。怖くて震えてたんだ。人は不安や恐怖で支配されやすい。僕達は支配されていたんだ」
「姉ちゃんが学校だと思っている場所は、近くのコンビニだよ」
「姉ちゃんはずっと歩いてる。さいきん、漫画を捨ててた。何でかわからないけど、理由をきいても、意味がわからない。昔はすくなくとも説明することができたのに」
「なんか最近、家の周りを歩いてる男がいる」
ーーーーーー
「お母さん、お母さん、お母さん?」
お母さんが死んでる?
玄関にお腹を刺されたお母さんが倒れてる。料理で使うナイフが刺さってる。
なんで? お母さんは何かしたの?
血が出てる。よ?
血が出てるよ。お腹から内臓がでてる。
「おかあさん?」
だれか、たすけてよ。たすけてあげてよ。
「大統領、宇宙人、ドクロの幽霊。助けて。お母さんを助けて」
私は思念をとばしている。普段は勝手に私の中で交信しているのに、こういうときに限って誰にも思念の交信ができない。薄情者ばかりなの?
大統領も宇宙人もドクロの幽霊もたすけてくれない。
おかあさん、おかあさん、おかあさあああん?
私はお母さんのからだをさわった。まだ暖かいのに、お母さんの目にはもう思念が写ってなくて、多分、もう宇宙の彼方に飛んで行ってしまったのかもしれないし、そうでもないのかもしれないし、わからないんだけど、ひとつだけいるのは、もうお母さんは戻ってこないってこと。
おかあさん、おかあさん、おかあさん。
ないていた。誰が。
私が。
私だ。
私が泣いている。
もうお母さんはもどってこないから。
もう思念もとどかないし、話もできないし、なんだか血でグチャグチャですべての機能がなくなっているのもわかるし。
声が聞こえた。男の声だ。思念通話に成功した。
違う。おとこがいる。目の前にスーツを着たような男がいる。
目があった。私と同じような目をしてる。生きてるようで死んでる目。
私は痛いに気づいた。目がいたい。頭がはっきりしてきた。
男は料理で使うナイフを持ってる。
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