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男があっけにとられたような表情で見つめてきた。夏美が焦ることなく自然な感じでするりと逃げたことに、驚愕している。
「その動き、逃れ方、日本の武術……古武術だね。脱力っていうの?」
感心したように訊きながら、男はファイティングポーズをとった。
「よく知ってますね。でも、流派は内緒、です」
そう応えながら身構える夏美。
「フッ……。なら、捕まえてじっくり聞くさ」
男が鋭いパンチを繰り出してきた。ジャブ、そして下からアッパー。意識を飛ばして気絶させようとする打ち方だ。
夏美は紙一重でそれらを避けると、身を屈めながら男の膝に向けて鋭い横蹴りを繰り出す。
男が飛び退いて避けた。反射神経も戦闘能力もかなり高そうだ。
しばし睨みあう――。
そこで、誰かかが駆けてくる気配がした。
「月岡君、大丈夫か?」
立木だった。男を確認すると、彼も身構える。
欧米人らしいその男は、サッとまた右手を前に出し、立木に向ける。
「立木さん、危ない。避けてくださいっ!」
夏美が叫んだ。
だが男は、立木に対しては何もしなかった。一歩前に踏み出し夏美に蹴りを繰り出す。
立木の方に気を取られていた夏美は避けきれず、腹部を蹴り上げられてしまう。
「きゃぁっ!」
叫びながら後ろに倒れる夏美。急所へのハードヒットは何とか逃れたが、腹部から全身に痛みが広がっていく。次の攻撃を避けるために、転がりながら男から離れた。
しかし、男は追ってこなかった。フッと笑ってから夏美にウインクする。そして、身を翻して走り去った。
「大丈夫か?」
立木が駆けよってくる。ヨロヨロと立ち上がった夏美の身体を支えてくれた。
「あれはいったい、何者なんだ?」
誰にともなく疑問を発する立木。
「もしかして、ファイアーマン・ブラザーズ……」
男が逃げていった方向を見ながら、夏美は呟くように言った。
まだ、身体が震えていた――。
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