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静かになった。風に揺れる木々の音さえ聞こえてくる。その合間を縫って、鳥の鳴き声……。
夏美は身動きができず、ただジッと男の次の行動を待ち受けるしかなかった。
しかし男は、彼女を捕まえたまま動かない。
「……あなたは、何者?」
ついに沈黙に耐えられず、震える声で問いかける夏美。
「知りたいかい? じゃあ、一緒に来る? そうすれば、殺さずに済む」
「私をどこへ連れて行こうというの?」
「どこへでも。それこそ、世界のどこでも連れて行くよ」
「悪いけど、お断りします」
夏美がそう応えると、首に回した腕の力がグッと強まった。
うっ、うぐぅ……。
夏美が苦しさに呻く。
「なら、ここで死んでもらうことになるけど、いいの?」
ジリジリと力を強めながら、男が耳元で囁く。
あぅ、あっ、ああぁ……。い……いやぁ……。
先ほどの大男のように力任せではない。確実に気道を捉えているし、その気になれば一捻りで首の骨を破壊できるだろう。恐ろしさに夏美は背筋が凍る。
男が僅かに力を緩めた。そして、フフッ、と耳元で笑う。
「ど……どうして……一気に……殺さないの……?」
苦しみと痛み、そして恐怖に顔を歪めながらも、夏美が訊く。
「君が気に入ったから。できれば手に入れたいからさ……」
「ふう……」と夏美は諦めたように息を吐き、身体の力を抜いてガックリとした。
「ん? その気になったかい?」
「本当に、殺さないでくれますか?」
「もちろん」
「じゃあ……」と夏美は頷く。だが、彼女の反応に気をとられていた男にできた一瞬の隙を、見逃さなかった。会話の間に男の身体の位置を確認していた夏美は、狙いを定めて踵で彼のすねを蹴る。
グッ、と言って男が力を緩めた。
無理な力をこめずに、流れるように男の拘束からすり抜ける夏美。
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