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よもつひらさか 1丁目
意を決して店の分厚い木のドアを押し開けた。
カランと軽やかな鈴の音が心地よい。
瑞樹を出迎えたのは柔らかなコーヒーの香り。
見上げた高い天井でゆっくり回るシーリングファンがおしゃれだ。
――室内はひんやり涼しく、静かだ。
時の流れを感じさせる磨き抜かれた飴色の木材と真っ白な漆喰の壁。
遅れてカウンターの奥から顔を覗かせた店主はちょっと古い映画に出てきそうな素敵な男性だ。
年齢は多分五十代、白髪交じりの黒髪を綺麗に整えて、パリッと糊のきいたワイシャツに黒いギャルソンエプロン。
「いらっしゃい」とハートを射抜くような素敵な笑顔を向けられて鼓動が跳ね上がった。
(あたし、絶対ここでバイトする!!)
笑顔で示されておずおずとカウンターに座る。
店内に他の客は、いない。
「ご注文は?」
「あ、コーヒーを」
壁一枚隔てただけなのに静かだ。
瑞樹の鼓動の音が聞こえるんじゃないかと思うほど。
「どうぞ」と笑顔と一緒にカップが置かれた。
(よし)
瑞樹は行動に移すための気合を入れる。
せっかく好みのオジサマが淹れてくれたコーヒーだが、緊張で味など分からない。
「実は表の張り紙を見たんですが……!」
思わず声に力が入って声が上ずってしまった。
「アルバイトってまだ募集していますかっ?」
少し裏返った声にオーナーは目を見開く、そりゃ驚くだろう。
客と思ったらアルバイトの面接希望だったとは。しかも履歴書も何もない飛び込みだ。
「あの張り紙が見えたんですか?」
一瞬、意味が分からなかった。
見えた、とはおかしな質問だ。
「え? あ、はい。貼ってありますよね? もしかして他の方にもう決まってしまいましたか?」
「いいえ。あなたが最初です」
先ほどまでの驚いた顔はどこへやら。にっこり笑う。
あれよあれよと話はすすみ、カウンターの中へ手招きされて渡されたのはお揃いの黒いエプロン。すっきりとシンプルなデザインだ。
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