43人が本棚に入れています
本棚に追加
男の子はストローを吐き出して首を振った。
ちょっと眉根を寄せた不安そうな顔。
ひょろりと細い手足は日に焼けて健康的だ。
「お家でママが待ってるんじゃないの?」
「――待ってない。ボクがいない方がいいんだ」
膝の上で握りしめた手をにらんで口を尖らせ、小さくつぶやいた。
「もしかして、叱られたか、喧嘩したの?」
「そんなんじゃない。……僕がいるとママは好きなこともできない。ボクのことなんて嫌いだもん。いなくなっちゃえって思ってる」
すっかりへそを曲げてしまったようにしか見えない。
「そんなことはないよ。どんなにイタズラしてもママは君のことを大事に思ってるよ」
「思ってない」
顔を上げて睨む。
「大人ってね、素直になれない時もあるんだ。忙しい時には心で思ってることと違うことを言っちゃうことがあるし。君のママも眠った後にこっそり反省会してるかもしれないよ」
「そんなの分かんないよ」
うつむいた背中が丸くなる。
どうにかして慰めてあげたくて、でも、その方法が思いつかなくて躊躇った。
そっと手を伸ばして頭を、撫でた。
「そうだね、君のことが大事だってちゃんと言わないのも悪いよね」
温かい雫が膝に落ちたのを見ないふりをして立ち上がる。
「お代わり、持ってくるね」
氷だけになったコップを取り上げ、カウンターに引っ込む。
やり取りを見ていたのかオーナーが笑顔でグラスを用意してくれていた。
「余計な事言っちゃったかな?」
「彼にとって苦い事でもこちら側に思いを残すよりはいいと思います」
静かに笑うが、意味が分からない。
二杯目のオレンジジュースをゆっくり飲み終えると男の子はオーナーに丁寧に頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
と、きちんとお礼を言うとどこかスッキリしたような顔で重たいドアを押し開けた。
小さな背中は小走りに川の方へ向かって遠ざかっていく。緩やかな人の波に呑まれてあっという間に見えなくなった。
「ケンカしたママと仲直りできるといいね」
その背中には届かないだろうが思わずそう、つぶやきがもれた。
最初のコメントを投稿しよう!