花鳥諷詠 アメツチの姫君

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シャワーを浴び制服に着替え手早く朝食を済ませ鞄を手に家を出た。 両親は只今海外出張中で私は留守を預かっている。 雲一つない快晴だけど気分は鉛を抱えているかのように重苦しい。焦る気持ちと億劫な気持ち両極端な気持ちが同居して足取りが定まらない。 (東ビルまだ解体終わらないんだ) 進行方向に見えてくるシートに覆われた摩天楼。 街の真東に位置する東ビルは昨年老朽化による解体が決定したがなかなか着工せず今年に入って漸く足場が組まれた。正確な状態は分からないものの最上階部分は形を変え始めているようだった。 「おはよう真菜ちゃん」 今日の天気にぴったりの空気のような軽い明るい声。振り向くと通学路沿いの花屋でバイト中の水野さんがオールドローズの鉢を手に立っていた。中性的な容姿に可憐な花がとても絵になる。 「わぁっ咲いたんですね」 甘い香りに心が華やぎ思わず身を乗り出す。 「後で切り花にして分けてあげるよ」 「ありがとうございますっ!」 「学校でいろいろ辛いと思うけど僕も真菜ちゃんの味方だから」 「・・・・・・ありがとうございます」 核心を突かれて痛いような解されるような気持になる。水野さんはふわっとした口調なのにスッと心に入り込んでくるところがある。彼がどことなく龍士に似ているせいだろうか。浮足立っていると今度は遅刻という現実に引き戻す着信音。 「油を売ってないで早々に登校するように」堅苦しいメール文が表示された。 「相変わらず仲良しだね」 「水野さん、何度も言ってますけど龍士はただの幼馴染ですよ」 「わかってるよもちろん」 本当にわかっているのかわからない水野さんに行ってきますと言って走り出した。
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