花鳥諷詠 アメツチの姫君

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全力疾走したつもりだったけど正門をくぐったところで無情にも予鈴が鳴った。 昇降口に駆け込むと同時に険しい顔の幼馴染が目に入る。既に制服に着替え終わっていてさっきまで竹刀を振っていたとは思えない清閑な佇まいだ。 「まだ例の夢を見ているのか」 「うん毎朝汗ぐっしょり」 話しつつ下駄箱を開けると案の定「学校くるな」「呪われ少女」などと書かれた紙が押し込まれていた。ぐしゃりと音を立て龍士が紙を下駄箱から掴み出し近くのゴミ箱に破り捨てた。龍士の眉間に皺が刻まれていく。 「べつに平気だよっ気にしてないし」 明るく言ってみるが龍士の眉間の皺はさらに深くなった。 「真菜、放課後は部活が終わるまで待っているように。昨日みたいに一人で帰宅するな」 「いや私ひとりでいる方が安全だって一緒にいたら龍士が」 バシャンッ! 突然天井から水が降ってきた。龍士は咄嗟に私を庇った為もろに水を被ってしまった。 「大丈夫っ?」 言ったそばからこれだ。真夏じゃあるまいしこのままでは風邪をひいてしまう。鞄からハンカチを取り出し龍士の髪を拭く。 「いい、タオルがある」 髪を拭く私の手を龍士の左手が遮る。左手に巻かれた包帯に心がチリチリ痛んだ。 「私のせいでこうなるんだから、せめてこれくらいは」 「真菜のせいじゃない」 どこまでも過保護な幼馴染はどこまでも優しい。 「ちょっと!今の見た!?」 「うえぇ~マジだったのかよ1組の呪われ少女の噂!」 心が優しい体温を持ち始めたところで廊下から野次馬めいた声が飛んできた。今の現象を目撃した生徒の声が玄関に異様に響いた。あの悪夢にうなされるようになってから私の周りで不可解な現象が起こるようになった。今みたいに天井から水が降ってきたり大きな音がしたり物が落ちてきたり、所謂怪奇現象。私のそばにいることでいつ自分も怪奇現象に見舞われるか分からない、そんなロシアンルーレット状態が周囲の恐怖心と好奇心を余計に煽っているようだ。 幼馴染の龍士は心配していつもそばにいてくれるけれど、その為に一番彼が被害に遭っている。「怖~」「近づくと呪われる」とからかい半分の言葉で去って行く生徒の背中を見つめる。自分の意志とは関係なしに起こるこの為になす術もない。お祓いに行ったりもしたけれど出来るのはなるべくひとりでいることだけだ。
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