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「部活が終わったら連絡する」
「・・・・・・」
そう言う彼の左手の包帯をじっと見つめる。昨日は東ビルそばの商店街で夕飯の買い物をする為龍士からのメールを無視して一人で帰った。言えば部活を中止にしてでもついて来そうだったからだ。学校以外では何もないし、ひとりでいる方が気楽だから。でも買い物途中龍士に電話で怒られ店頭で落ち合う事になった。ここでまた無視したら二度手間をかけさせてしまう素直に従い龍士が来るのを待っていた。でも私は後悔した。龍士が店先に辿り着いた瞬間―――。
ガシャアンッ
何かが割れる音。店の棚に飾られていた大きな花瓶が落ちてきた。寸前に私は龍士の腕に抱えられ無傷で済んだけれど龍士は割れた花瓶の破片で手を切ってしまった。その時目に入った龍士の左手を伝う赤い筋が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「この事なら気にしなくていい、大した事はない」
「よくないよ、これよりもっとひどい怪我したら」
今まで学校以外では何も起こらなかったのに。思い出された恐怖と相まって涙腺が緩み思わず龍士から視線をそらす。
「運動音痴のお前と一緒にしないように」
龍士に頭を撫でられる昔からよく知っている手のぬくもり。安心する気持ちと正直私もそれ相応の年なのだから男の子に頭を撫でられるのは恥ずかしいという気持ちが湧く。
「失礼な」
緩む涙腺と比例して頬も少しだけ緩む。過保護な幼馴染はどこまでも優しくてお人好しだ。
「おふたりさ~ん仲睦まじいのは美しき事ですが予鈴ですよ~~~」
独特の長い語尾の声。胡渡先生が資料を片手に立っていた。
「群青くん可愛い彼女が心配なのはお察ししますが」
「ただの幼馴染です、では」
胡渡先生に会釈をして龍士は自分のクラスに戻って行った。
「朱櫻さん教室までご一緒しましょう」
出来れば遠慮したいが一時限目は胡渡先生担当の歴史。なるべく一定の距離を保ち廊下を歩いた。私が廊下を歩き始めると今度はラップ音が景気よく鳴り響いた。既に授業が始まっている各教室から冷たい視線を一斉に浴びる。中には私が教室の前を通る事で危険が降りかかるのではと机に突っ伏して頭を抱え込む生徒までいる。見慣れた光景だが胸の奥が痛くなる。
「みなさん非科学的ですね~~~」
メガネのブリッジを押し上げながら胡渡先生が情況とは不釣り合いな声音で言葉を口にする。
「科学で証明出来ない事は信じなければいいんですよ。恐れも一種の信仰です、恐れるという事は何かしらそこに執着があるからです。こんな事フツーはあり得ない、その思い込みが恐怖となるんです。ですから朱櫻さん、今身の回りで起きている事をご自分が原因だと思う必要はないんですよ~~~」
分かるような分からないような胡渡先生の持論。けれど気持ちは楽になる。
怪奇現象が起こるようになってから生徒たちだけでなく先生たちも私に近づかなくなった。けれど胡渡先生だけは今まで通りに接してくれている。
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