第一章 ― 罠 ―

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 独房格子脇に蝋燭の灯りが微かに囚われた男の表情を映し出す。瞳の周囲は腫れあがり頭部から滴る血液が乾いた跡が残るが、男が拭った痕跡はない。 「カタカタカタ」  小さな台車にのせられた食事を運ぶ一人の男。 「あんた大丈夫か? 飯だ」 「……」  医師による治療を受けることなく運び込まれた痛々しい姿に配膳担当の囚人は声をかけたが何も答えることは無い。 「ザザッ、カタンッ」  コンクリートの床を滑らす様に食材をのせたアルミトレイを独房の中へと押し入れる。 「酷すぎる……。これまで見て来たが、こんな事は初めてだ。あんた一体何を犯したんだ? ふっ、話したくないか」  二十人の人間を殺し終身刑となる刺青男。彼はその凶暴さから囚人内でも武闘派の権力を持つようになり、新入りの怯えた男どもの身体を弄び自らの快楽を堪能する様になっていた。  これまで第二ラウンドと称されていたのは、新人囚人へ獄中生活の上下関係と罪深さを心理と肉体的に叩き込ませるために行われていた看守による暴力支配。そのターゲットとなる者は全ての囚人ではなく、婦女暴行、強姦罪の者達であった。 「始まりは、娘を強姦された父親の依頼らしい。塀の中で守られた囚人は裁けない。刑務所へ入ったとしても遺族心情では国に守られた場所であり、犯罪者を生かすために税金も利用される現実。被害者の心奥深くに受けた苦痛は死ぬまで癒えることは無い。看守は遺族の闇金を受け取り復讐を果たすことで被害者の苦痛を和らげている。今じゃ、被害者の依頼じゃなく刑務所側から内密に復讐を売り込んでいるらしい」  男の言葉を耳に、記者魂に火が付いたのか(れん)は口を開く。 「内密に復讐を売り込む?」  彼の説明によると、婦女暴行、強姦罪の罪を犯した囚人をワザと刺青男に与え下半身をぶち込み性行為を強制的に行わせ、その一部始終を撮影、被害者へ販売するらしい。勿論証拠は残らない様に全て削除されている。 「そんな事が……」 「それだけじゃない。噂だが、看守による暴行の後、第三ラウンドがあるらしく……」  突然男は口を閉ざす。 「まさか……」  周囲を見渡し壁面に残る無数の血痕の後。記者の勘は見事に的中した。第三ラウンド、それは、被害者本人及び遺族による獄中殺人。巨額の金と引き替えに、看守が半殺しにした囚人を独房に拘束し、身動きを取れない囚人に対し関係者が復讐。 「証拠はない。ただ、俺の知る限りでは、三人の囚人がこの独房で殺された。ちゃんと息をしていた奴らが、ここに運ばれた後に戻る事も無く、おかしなことに食事を運ぶ必要はないと事前に伝えられたんだ。死人に喰わす飯はないと」 「……」 「だが、アンタに食事は用意された――」
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