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消される事の無い自らの立ち位置に微かな希望を見出す。誰一人仲間のいない牢獄内、迷いを抱えながら漣は配膳担当の囚人の瞳をじっと見つめる。
「恐らく数日で集合牢獄へ戻される。それまで辛いが食事はちゃんと口にするんだ。集合牢獄で力のない奴にはまともな食事は回ってこない。飯を食ってこれを――」
彼のやつれた頬を目に漣は静かに頷き、彼から手渡された小さな錠剤に目を向ける。
「鎮痛剤だ。一夜明けるまで医師には見てもらえない。これさえあれば今夜の苦痛は少しは和らぐだろう。気休めだが……」
台車を手に出口へと向かおうと立ち上がる男に漣は語りかける。
「どうして俺にここまで?」
「あんた……、ワザと看守達を相手にせず防御し負けたフリをしただろう?」
「……」
「俺は若い頃はこう見えてもボクシング経験者だ。刺青野郎を仕留めたストレート。ありゃ、ただものじゃない。あんたなら八名の看守相手でも勝てた気がするんだ。俺の名は徳永、ここじゃ徳さんと呼ばれてる」
そう告げた徳永は自らの思惑を告げた。それは独房から解放された俺の事を集合牢獄で味方につけたいらしく、自らの身を守るための買収目的だと素直に語る。
「ここでは力が全てだ。飯、風呂、トイレの順番さえ上下関係が出来ている。刑務所内で最低限の生活をする権利なんてものは無い。奪い去るんだ」
「おい! 徳永!! いつまでかかってる!」
「あっ! は、はいっ! 直ぐに出ます。このクソ野郎が返事しないもんで、てっきり死んでいるかと」
「カタカタカタカタ――」
僅かな食料と薬、そして情報を残し徳永は独房棟から姿を消した。
静まりかえる薄暗い室内。口内に痛みが残る中、薄い塩だけのスープにちぎったパンを浸し無理やり口に押し込む。塩の味はやがて血の味に変化し喉元を通る度激痛が走る。
徳永の伝えた通り鎮痛剤の効果はあった。痛みや苦痛を和らげると言うよりも服用後すぐに訪れる猛烈な眠気。あまりにも多くの出来事が続いた一日、興奮冷めやらぬ中でまともな睡眠など出来なかっただろう。
『徳さん……、ありがとうよっ』
目の前に灯る淡い蝋燭の炎はやがて消え去り、沈黙と暗闇そして孤独の中ゆっくりと目を閉じ、走馬灯のように一日を振り返ると蘇る記憶。
俺がここに護送されたのは――、
偶然手にしたあの一冊の本が始まりだった。
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