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手の中に収められた一冊の書籍。自己啓発やハウツー本を想像していた漣の予想は外れ、想像もし得ない現実に鼓動が高鳴る。
手のひらほどの小さな文庫本。二百ページ程のその殆どは白紙となり、唯一綴られたページには、まさに今、この瞬間が文字となる。
「二十三時四十五分――、鶯谷駅着。
二十三時五十五分、目的地桜丘駅下車。
二十三時五十八分、駅改札出口ロッカー解錠」
まるで自らの行動を指示するかのように書籍にはそう綴られていた。
鋭い眼差しで車内を見回す。角の窓際には酔っ払いの泥酔した男が一人、ドア付近に立つ若いカップルは人目も気にすることなく熱い口づけを交わす。
「プシュ――ッ、ガタンッ」
到着した駅で、カップルは抱き合いながら車内から降りる。
「プシュ――ッ、ガタンッ。
次は、桜丘、桜丘――」
動き始めた車両には酔っ払いの男と二人きり。ずっと気が付かないふりをしていたが、本を手にした左手に感じる違和感。ゆっくりと剥がす英字新聞のブックカバーの隙間には一本の鍵が隠されていた。
「ふふっ、ロッカーの鍵か――」
『一体誰が、何の目的で……、そしてロッカーの中身は――』
着々と書籍に綴られたストーリーへと引き込まれてゆく様に時間だけが過ぎてゆく。手にしたロッカーキーをじっと見つめる。
オレンジ色の丸いプラ板に削られた白い数字が目に焼き付けられる。
「8…1…7――、八百十七番」
到着した桜丘駅、俺は全てを決意した。
『真相を暴く――』
時計の針を目で追いながら、急ぎ足で改札を抜け指定番号を探す。
「六百十二……、七百六十……、そして見つけた八百十七番」
周囲を見渡し異変を探る。視界に映るのは、改札直前で嘔吐する酔っ払いとその対応に追われる駅員の姿だけだった。
挿しこまれたロッカーの鍵はやがてゆっくりと解錠される。
「カチッ」
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