第一章 ― 罠 ―

2/12
前へ
/62ページ
次へ
 お偉方の不快な面構えを目の当たりにし彩希は言葉を添える。彼はこれまで多くの悪事を働いてきていると――。 「しかし、犯罪歴は無いじゃないか!」 「えぇ、その通りです。彼はこれまで多くの犯罪を起こしながらも一度も逮捕されていない。有能な極悪人――」  言い換えれば逮捕出来ない警察組織が無能だと告げる彼女の言葉に両大臣は更に不快な表情になる。 「彼は、記者故にこれまで多くの犯罪事案も熟知しています。彼なら必ず力になれます」  長い沈黙が続く中、総理は二人の大臣へ意見を求めた。 「確かにこの男は何度か会見で目にした事はあります。記事にも目を通したが、政府側の考えに近い思想をお持ちだ。だが……、所詮一記者に過ぎない。殺人罪など犯した重犯罪者たちのリーダー格になり得るとは到底思えません」  法務省大臣の言葉に防衛省大臣が頷きながら更に告げる。 「彼をリーダーに立てたとしても、彼らが扱う拳銃などの武器は我々が準備を行う。武装した犯罪者が、万一反政府軍と統合し国家を脅かすことになると収拾がつかない大変な事になる。殺人犯を社会に放出する危険な行為、それをただの記者に委ねるとは正直理解しかねる」  深いタメ息を吐きながら総理は頭を抱えるが、彼の中で芽生えた強い結論は揺るぐことは無かった。 「私はね、彼女の意見を耳にした時、悪の心理を見抜くことが出来るのは同じ悪だと認めざるを得なかった。善人には理解しえない悪人の考え、その壁を崩さねばこの国が一つになる事は無い。彼女に一任しよう」 「総理、冷静に――、よくお考え下さい!」  国を支える権力者達が声を荒げ必死に総理の判断を阻止しようとする。そんなくだらない状況に嫌気がさしたのか、彩希は微笑みながら新たな提題を伝えた。 「分かりました。それでは彼を、獄中へ――。犯罪者達で構成する特殊部隊のリーダーとして素質があるか、他のメンバー選別テストにブチ込みましょう。死刑囚、重犯罪者達と共に審査を受けさせれば答えは出ます。彼が適任だと」 「危険すぎる。万一、殺害でもされたら責任は誰が――」 「ふっ、責任は私が全て取ります。どうせ責任転嫁が得意なあなた達に期待など初めからしてない」  女々しい男どもを前に彩希はそう吐き捨てる。 「しかし、一般市民の記者をどうやって拘束するんだね?」  彩希は魔性の女の様な眼差しで総理を見つめ、記者特有のトラップで犯罪証拠を捏造し彼を緊急逮捕させる計画があるとだけ告げた。 『漣……。あなたならきっとリーダーになれる。私が愛した男なら、這い上がって来なさい』  
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加