三. 恋に酔う

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三. 恋に酔う

 お互いの気持ちをそれとなく感じ取っていたある日。 「私、毘亥(びい)国にお嫁に行く事が決まったの」  夏姫が星空を眺めながら言いました。 「…… そうか。寂しくなる」  白紫も空に目を向けて応えました。 「それだけなの」 「いや、もっと色々あるけど。言わない方がいい」  不満気な夏姫の声に、白紫は首を振りました。 「お相手は、50歳ですって。父上よりも年上のお爺さんよ」  夏姫は白紫の瞳を見つめました。 「夏。嫌なのかい」  白紫は勇気を出して訊いてみました。 「仕方ないわよ。嫁という名の人質ですもの。私が嫁げば、父上の心配事が一つ減るんですって。戦が無くなれば、領民も楽になるはずよ。いつもお腹いっぱい食べさせてもらっているのだから、これは当然のことだと思っているわ」 「じゃあ、私はやはり何も言わない方が良い」  夏姫の決意を聞いた白紫は、視線を逸らしました。 「言ってよ」 「えっ」  夏姫は白紫の手を取り、2人の視線は絡みました。 「私は、白紫が好きよ」 「…… 私も、夏が好きだ」  初めて、想いが口から溢れました。 「じゃあ、口づけして」 「いいよ」  瞳を閉じた夏姫の顔にそっと手を添えた白紫は、そっと唇を落とします。 「もっとして」  帯を解こうとする夏姫の手を、白紫は慌てて止めました。 「…… 夏が困るよ」 「私は困らない。お願い。道具のまま死にたくないのよ」 「後悔するよ。夏も私も」 「してもいいの、後悔なんか。白紫、ごめんなさい。貴方といる今があれば、明日死んでも構わないの。貴方が好きなの」    その夜、白紫は衣を解いた夏の熱を受け止めました。 「雪が溶ければ、私は行かねばならないの。それまでは、お願い。私を愛して」 「君が愛しい。君が望むなら何度でも」  暗い冬の深夜、白紫は何度も夏との逢瀬を重ねました。  (春の訪れが恐しい)  想いを交わすほど、心と体は離れがたく、暖かくなる陽を2人とも憎らしく感じていたのでした。  春が近づくある夜、事件は起こりました。  しばしば聞こえる、夏姫の呻き声を不審に思った侍女が、2人が睦み合う場に乗り込んだのです。  夏姫の有り様を見た侍女は、甲高い悲鳴をあげました。  なぜならば、寝所の姫は一糸纏わぬ姿で、白銀の大蛇に絡みつかれていたからです。
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