六. 決して離れない

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六. 決して離れない

 その時、憐れに思ったどこかの神様が力を使いました。  夏姫の体はみるみる姿を変えます。  そして、あっという間に、数メートルの榎の若木になってしまいました。  暫くして、その場に体を血に染めた隻眼の若者が現れました。  白紫です。  彼は樹木になった夏姫の根元に縋りついて、涙を流しました。  何日も、何日も泣き続けた白紫は、やがて蛇型になり木に巻き付きました。  白紫は、優しく、赤い舌でチロリチロリと幹を枝を愛撫しながら榎に絡みつきます。  そのうちに、きつく激しく、細長い体が木に埋もれてしまう程強く抱きしめました。 「二度と離さない。もう捕まえたから。決して離れないよ」  紫水晶のような瞳から、また一滴の雫が落ちました。  すると、真っ白に輝く体から、きらきらと鱗が剥がれ落ち、見る間に濃茶の肌に変わっていったのです。  そして、全ての鱗が地面に落ちた頃には、蛇の姿はありませんでした。  そこには、若い榎とそこに蔦を這わせる藤の花があるだけでした。  季節が巡って、榎が茂り、幹を枝を伸ばせば、藤も纏わりつくように成長し、枝という枝に蔓を結びます。  時は流れ、戦の時代は遠い昔のことになりました。  毎年5月になると、藤の木は、それはそれは美しい花を咲かせ、人々の目を喜ばせるようになりました。  花を愛でる人々の中に、ごく稀に藤の木が蛇に見える人がいます。  その人達は、散る花びらを見て、木が泣いているようだと言います。  その涙を蛇の悲しみの涙、と言う人もいれば、嬉し泣きと言う人もいます。  時々蛇に見えるという藤の木は、人々から「蛇藤」と呼ばれるようになりましたとさ。 ◇◇◇ 「悲しい話ですね」 「そうかい。500年経った今でも寄り添っていられるんだ。2人は幸せなのかもしれないよ」  老女は、そう微笑んで藤の花を見上げた。    絞め殺してしまいそうな程、執拗に絡む蔓。  男は、もう一度幹に触れてみた。  熱などない筈の木皮から白紫の激情が伝わってくるような気がした。  中心の榎は、ひたすら真っすぐ天に向かって伸びている。
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