異世界に三千回転生したチート主人公は結局何もかもに飽きたようです

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「ねえ、覚えてる? 前の世界の事を」  彼は揺りかごの中に寝転がったまま、面倒くさそうに答えた。 「ああ、はっきり覚えてるよ。今度はもっとマシな世界で楽しい人生送らせてくれるんだろうな?」  まだハイハイもできない赤ん坊の姿の彼は、意識だけは20代の男性の状態を保って、その世界に転生してきたのだ。  揺りかごの上、空中には、他の人間の目には見えない、死神の姿が文字通り浮かんでいた。  死神と言っても、見た目は金髪の美少女で、黒いマントを羽織って手には長い鎌を持ってはいたが、なんとも迫力に欠ける姿の死神だった。 「よかった、異世界転生は今度も成功したようね。今回は古代の王子にしてみたわ。けど、いい加減に勘弁してくれない? これでもう三千回目なんだよ」  彼は赤ん坊の姿で、毒づいた。 「うるせえな。元はと言えば、お前が相手を間違ってその死神の鎌振るったせいだろうが。死ぬ予定じゃなかった俺を死なせちまったんだから、異世界でチート能力持たせて、もう一回人生やり直しさせるのは当然の義務だろ」 「分かったわよ。死神としての初仕事だったから手元が狂ったのよね。よりによって、あんたみたいな往生際の悪い奴に当たっちゃうとは」  彼はかつて21世紀の日本という国で、冴えない家庭に生まれ育ち、可もなく不可もない学生時代を送り、中ぐらいのレベルの大学をかろうじて卒業し、その時代の常としてブラック企業に就職した。  入社したその年に新型伝染病のせいで大不況になり、寝る暇もないほどこき使われて、楽しい事など何もない人生を送った挙句、若くしてこの死神の手違いで突然死させられたのだ。  死神というのは案外義理堅い存在らしく、カンカンに怒って抗議した彼の魂に平謝りして、お詫びに異世界に転生させてくれた。  最初に転生した異世界は、剣と魔法が支配するファンタジー世界だった。彼は世界最強の三つ首ドラゴンを、剣の一振りで簡単に倒せるチート勇者となって冒険の旅を繰り広げた。  最初の1年ほどは最強の勇者としてチヤホヤされて楽しかったが、次々に現れるどんな魔物も、秒殺してしまえるので、段々面白くなくなってきた。  そこで彼はこの死神を呼び出し、もっと面白い世界に転生させろと迫った。死神は最初は「それはちょっと」と渋ったが、彼がしつこく失敗の責任を取れとなじったので、仕方なくまた彼を違うタイプの世界に転生させた。  だがこの男は、どんな世界に転生させても、1年も経つと「もう飽きた。また別の世界に転生させろ」と言い出すのだ。  スポーツの天才に生まれ変わらせると、最初は世界一の選手として楽しんでいたが、やがて「勝って当然なのはつまらない」と言い出し、転生をせがんだ。  世界中の美女にモテモテのハーレム王に転生させると、最初の世界で彼女いない歴イコール年齢の童貞だったせいか、しばらくあらゆるタイプの美女をとっかえひっかえして楽しんでいたが、じきに「女はもう飽きた」と言い出した。  太平洋戦争前夜の日本にそっくりな異世界のエリート軍人に転生させたら、最初は実際の歴史では実現しなかった新兵器の開発に熱中していたが、軍人は体力的にしんどいから、もう嫌だと言い出した。  イケメンだらけのBLハーレムの孤高の騎士に転生させた時は、わずか三日で「やっぱり女相手の方がいい」と言い出した。  趣向を変えて、悪の大魔王だが、人間のために魔族と戦う謎の戦士に転生させたら、「これじゃただの正義の味方じゃねえか。つまんねえ」と言い出した。  ではいっその事と、世界一の美少女に転生させたら、珍しく1年と1日、楽しそうに、こんな事やあんな事を毎日していたが、元は男だから周りの男の下心が丸分かりで退屈過ぎると言い出した。  ある時死神は彼にこう言ってみた。 「多分チートで何をやってもうまくいくのが当たり前だから、すぐに飽きるんじゃないのかしら。努力とか友情の絆とかで、ちょっとずつ成功していく世界にしてみない?」  だが彼はただちにこう反論した。 「異世界転生とチート最強はワンセットなのが当たり前だろうが。だいたい努力だの仲間だの、そんな物は最初の世界で何の価値もねえって思い知らされてんだよ、俺は」  さて、その三千回目に転生した世界は、乾燥した気候の南国のようだった。かれはその土地の王国のひとつに第一王子として生まれ、大勢の従者にかしづかれて贅沢三昧の子ども時代を送った。  十代半ばになると父親である国王と母親である王妃から、将来の君主になるための勉強をしろとやかましく言われるようになった。  勉強だの努力だのが大嫌いな彼は家出をし、国中を勝手きままに放浪して歩いた。彼が王子である事は誰もが知っていたので、食べ物、服、泊まる場所はいつでもどこでも手に入った。  彼のその浮世離れした生活にあこがれた若者たちが、いつしか彼の取り巻きになって一緒に旅をするようになった。  夜更けにその大勢の取り巻き連中と酒を酌み交わすうちに、彼は自分が今まで何度も転生してきたという話をした。  周りの仲間は最初はただのほら話だと思って笑いながら聞いていたが、彼が気づかない所で、真剣にその話の内容を議論するようになっていた。  その放浪の旅は意外と面白く、彼は気づくといいおじさんの年になっていた。彼は夜空に向かって叫んだ。 「おおい、死神。ちょっと来い!」  あの美少女姿の死神が宙にすっと姿を現した。 「あら、久しぶり。今度はずいぶん長かったわね。もう気が済んだ?」 「もう何もかもに飽きちまった。結局人生なんて、どんな世界で何になっても、結果は同じなんだよな」  彼の取り巻きの数人がたまたま彼が外へ出て行くのに気づき、こっそり近寄り、物陰から彼の様子をのぞいていた。もちろん仲間たちの目には死神の姿は見えていない。  仲間たちは小声でこうささやき合った。 「親分は誰と話してるんだ?」 「何か人知を超えたものと対話してるのか?」 「しばらく聞いてみよう。なんだか次元の高い内容のようだ」  これまでと様子が違う彼の言葉に死神は戸惑った。 「ずいぶん哲学的な事言い出したわね。それで本来の生まれ変わりのための、心の準備できたって事?」 「そこなんだよ。俺は死んだわけだから、本来は最初の世界で別の人間に生まれ変わるわけだよな」 「そりゃそうよ。それが世界の仕組みだから」 「そこで最後の頼みがあんだよ。生まれ変わらずに済むようにしてくれねえ?」 「はあ? それって魂が完全に消滅するって事よ。あんた意味分かってんの?」 「生まれ変わって、また学校でスクールカースト気にして暮らして、受験勉強で苦労して、会社でこき使われて、年食って、病気かなんかでいつか死ぬ。その繰り返しなんだろ?」 「まあ、それは人それぞれの考え方だと思うけど」 「そういうのの繰り返し自体が、もうなんか嫌になっちまったんだよ。また生まれ変わったら、今の記憶リセットされて、似たような人生繰り返すわけじゃん。全部終わりにできねえ?」 「そうねえ。出来るけど、そういうのは上級の死神でないと権限がないの。あたしはまだそれ許されてないから、上級の死神の先輩連れて来るわ。ちょっと時間かかるから、あの二本の木の間で待っててくれる?」 「ああ、いいよ。なるべく早くな」  そう言って彼は、二本並んでいる高い樹木の間に、胡坐をかいて座った。  物陰から盗み聞きしている取り巻きの仲間たちは、興奮した様子でささやき合った。 「親分が三千もの世界で生きてきたという、あの話は本当だったのか?」 「生きる事、老いる事、病に苦しむ事、そして死ぬ事。誰もがその運命からは逃れられない。そんな内容だったな」 「まるで何かの輪だな。親分はその輪の外へ出ようとしているのか?」 「そんな事が可能なのか? 神殿の坊さんたちの話とは全然違うぞ」 「しっ! 親分がまた、見えない何かと話始めた」  美少女姿の下級死神が、やけに色っぽい熟女姿の上級死神を連れて戻って来た。上級死神は彼に尋ねた。 「本当にいいの? 魂が完全に消滅するのよ」  彼は面倒臭そうに答えた。 「いいんだよ。どんな異世界に転生しても結局終わりは来るんだしな。もう生まれ変わりはおしまいだ」 「そうか。では、その願いをかなえよう」  上級死神が鎌を振るい、彼の魂を消滅させた。  やがて夜が明け、取り巻きの仲間たちが彼の側に近づいた。彼は二本の木の間で既に息を引き取っていた。  仲間たちは、一層興奮して声高に話し合った。 「親分はただの怠け者の放浪者じゃなかったのかもしれねえな」 「もう生まれ変わっては来ない、とか言ってたな」 「それ、ひょっとしてサトリとかいうやつじゃねえか?」 「それだ! 親分は偉大な何かの使者だったんじゃねえのか?」 「親分の今までの話、俺たちが国中に、そして世界中に広めようぜ。俺たちだけの物にしとくには、もったいねえ有り難い教えに違いねえ」 「親分なんて気安い呼び方しちゃいけねえ。もっとこう、偉大な人にふさわしい呼び名をつけよう」 「親分はどこの部族の王子だったんだ?」 「確かシャカ族だ」 「よし、これからは、おシャカ様と呼ぼう」
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