フィクションとノンフィクション

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「あの事件覚えてる?」  そう言いながら彼女は一冊の雑誌を握っていた。言いたいことは何となくわかっている。だからこそ僕は冷や汗をかいていた。  事件は4か月前の引っ越す前にいた田舎町で起きた。僕が通っていた高校はクラスが一つしかなく6人だけ。しかも次の代はなく廃校するのは目に見えていた。ただ、今思うとあの事件をきっかけに廃校になったのではないかと考えている。  9月21日の早朝、水島千恵子が屋上から飛び降りて亡くなった。動機は分からない。ただ、遺書には「ごめんね。」の文字だけ書かれていた。警察は自殺と判断した。  高校が廃校になったタイミングで同じクラスだった人たちとはバラバラになった。今はもう連絡も取っていない。そして僕は田舎を離れ、名古屋市内の高校へ引っ越した。 「あなたが前にいた高校であった自殺事件。この雑誌に掲載されている小説に出てくるものと登場人物の性格や事件の状況も瓜二つ。ただ、違うのはこの小説には自殺ではなく、自殺に見せかけた殺人として書かれている。」 「それにこのペンネームあなたのでしょ。磯崎 優斗、伊藤木 雪蘇。ほら、アナグラムになっている。」  田舎で起きた自殺事件にぼくの書いたミステリー小説を照らし合わせ、なおかつアナグラムまで見破られるとは思いもしなかった。 「たまたまじゃないかな、宮村さん。ミステリー小説の作者がアナグラムになることも偶然あるかもしれないし、自殺に見せかけた他殺っていう設定もよくあることだし。ましてや僕なんか長い文章とか読めないし。」 「いつまでしらばっくれてるの?」 「それより、あなたまだあの自殺が殺人だって思ってるの」 「まさか」  宮村聡子。僕と同じクラスで教室の端に座っていつも本を読んでいる。ゲーム好きの男友達としかつるまない僕とは接点もない。加えて宮村さんが話している姿を見たことは一度もない。正直何を考えているのかわからない人だ。  その宮村さんが急に僕に話し掛けてきたときは驚いた。まさか僕の書いた小説の意図を宮村さんに見破られるとは思ってもみなかった。  しかし、この小説は僕が水島さんの事件の関係者への隠されたメッセージだ。改めて真相が解き明かされない限り気づかれてはいけない。僕はしらを切り続ける選択を取った。  なぜ僕がこのような小説を書いたのか。実は僕は水島さんと事件の前日に放課後で話をしていた。僕は宿題を早めに終わらせたい性分で、特に面倒な数学の課題が出されていたので放課後のだれもいない教室を使って解いていた。 「へぇ~、熱心なのね。」  誰もいないはずの教室から声が聞こえた。顔を上げるとそこには水島さんがいた。僕は顔が赤くなっていなかったのか気になりながらも、震える声で水島さんに話し掛けた。 「そんな熱心なことはないよ。ただ早く終わらせたくて、家でのんびり休みたいだけさ。」 「私ならいつもやりたくなくて夜までそのままにして寝る前に慌てて気づいちゃうんだけどな。」 「でも、水島さん。僕なんかより宿題の出来も良くて丁寧に仕上げてあるんだなっていつも思う。」 「そう?うれしい。」  その時の水島さんは元気いっぱいで自殺の前日になるなんて思ってもなかった。葬儀には、両親もおり、自殺するなんて思ってもいなかったと口々に言っていた。しかしその証言では、警察が自殺ではないと判断する材料になんて到底ならなかった。  最近ではカラスが何者かに殺されることが続いているというニュースをよく聞く。小動物を殺すことは無差別殺人の延長だとよく聞くので、水島さんが殺した人物もそのカラスを殺した人物に違いないと考えた。  ただ、根拠がなかった。  でも、水島さんのために何かしたいと考えていた。すると本屋でたまたま目にした「月刊メルト」という雑誌を見かけた。そして僕は小説を書く決心をした。 「このメッセージが警察の人でも当時のクラスメイトでもいい。殺人の可能性があることを誰か気づいてくれ。」  そう願いながら僕はペンを握り始めた。  私は高校に上がってからミステリー小説を読むことが習慣となっていた。最近ではインディーズのミステリー作家に興味があり、私が注目している作家さんが賞を取ったり名が売れ出したりすると嬉しかった。私に友達がいないのは物語みたいに特別暗い過去などがあるわけではない。ただ人と話す習慣が子どものころからできなかったので、惰性で人と話さないまま高校に上がったのだ。  私は「月刊メルト」というインディーズのミステリー作家が月ごとに選ばれ、その選ばれた作品をまとめる雑誌が大好きだった。その中で、12月号に掲載されていた伊藤木 雪蘇というペンネームの「校庭の空へ」という小説を見つけた。内容はごくありふれた自殺に見せかけた殺人を扱っていた。その時は名字の「伊藤木」も名前の「雪蘇」も変わっているペンネームだなと考えていたが、ホームルームで先生が磯崎君の名前を読んだ瞬間にそれがアナグラムだったことを不意に気が付いた。  磯崎君もミステリーが好きなのかと気になってはいたものの、人に話し掛ける習慣のなかった私はためらった。  しかし、無難ではあったもののミステリー小説を書いている磯崎君のことについて調べるために、転校する前の学校である「高園高校」について調べた。どうやら今年の9月に廃校されたらしい。しかし気になったのは、廃校される原因となった自殺事件のことだ。  さらに気になって調べてみると、どうやらその自殺事件が起きた境遇や事件の概要も篠崎君が書いた小説と瓜二つだった。しかし、違うのは現実では自殺とはなっているが、磯崎君が書いた小説は自殺に見せかけた殺人事件となっていた。  このことで私は水島という女子生徒が自殺した事件が、実は磯崎君は殺人だと今でも疑っているという隠されたメッセージがあることに気が付いた。  ただ実際にあった事件をフィクションとして発表していることと、勝手に水島さんの事件を取り上げていることは私のミステリーへのポリシーから反していたし、それは間違っているのではないかと思ったので磯崎君本人に聞くしかないと決意した。  それから3日経って、少し遅れて下校していた磯崎君を見かけた。私は長いことクラスメイトと話していなかったので、少し怖かったが真相を聞き出すために勇気を振り絞って右足を前に踏み出した。  俺は過疎が進みすたれた街でカラスの生態系に関する研究を行っていた。この街にはすっかり人が住みつかなくなり、利便性もとてもじゃないがよくないが、なぜだかカラスの習性は一般的なものとは違う。この違いの謎が解き明かせれれば、論文が評価されるのかもしれないし、これからの研究にも大きな進歩があるかもしれない。俺は朝から晩までカラスの生態系に関する調査を行い、しばらく研究室に戻ってはいなかった。  ただ、気になることは最近カラスが突然死していることだ。噂ではカラスを狙ったいわゆるカラス殺しがあると言われているが、俺は人の手によって殺されたものではなく、気候変化などによるものが原因であると結論づけていた。ただ、その原因も詳しく突き止めたわけではない。しかし中には俺がカラス殺しを行っているのではないかという噂もあった。 「勘弁してくれ。」  俺は肩をすくめていた。  いつものように早朝に一人暮らしの自宅から出て、今日は森の中にいるカラスについて調査しようと計画していた。  すると鈍い音がした。おそらく高校のある方向だ。少し離れて様子をうかがうと、出勤した学校の職員さんらしき人が倒れている女子高生に駆け寄っている姿が見えた。カラス殺しの冤罪が掛けられていた俺はこれ以上面倒なことに巻き込まれたくないと思い、その場を立ち去ることにした。  後はあの職員さんらしき人が救急車や警察を呼ぶなりするだろう。それからこの事件の詳しい概要も真相も何もわからない。まあ事件の情報を自らシャットアウトしていたといった方が正しい表現だろうか。  ただ、気になることが一つだけある。それはあの日、森を抜ける途中で滅多に動かないバスが動いていたことだ。人の少ない村でバスを利用する人なんていなかったので、バスが動いている姿をあまり見かけない。だからバスが動いていること自体がなんだか珍しいなと感じていたので今でもはっきり覚えておる。  また鏡が割れた。ここ最近鏡が割れてから嫌なことが起きていないので、その分の不幸がそろそろ起こるのではないかとひやひやしている。なら鏡を買い集めるのをやめればいいのではないかと言われるかもしれないが、今回は違う。大きな鏡が割れたのだ。  でも、毎日楽しいし、同級生は6人だけだがみんな仲が良くて優しい人ばかりだ。特に優しいのは今日話したばかりの磯崎君だ。もしかすれば明日の早朝に学校に行けば磯崎君がまた数学の宿題を教室でやっているかもしれない。そしたらまた話ができるとわくわくしていた。もう夜の12時だ。  今日は数学の宿題を早めに取り組んだが、色々考え事をしながら問題を取り組んでいたので終えるのに2時間もかかってしまった。とりあえずもう寝よう。私は床に就いた。  翌朝、私は早めに目覚まし時計をセットしていたので、音には億劫ったが早く起きることができた。学校につき、教室についても誰もいなかった。すると机の中に手紙が入っていた。 「屋上で相談したいことがあるの。」  この丸みを帯びた字は同じクラスメイトの佐藤さんに違いないと思った。私は急いで屋上に向かった。  早朝の屋上は気持ちが良かった。早朝に学校に来ることがなかったので、初めて見る屋上からのきれいな眺めを見て感動していた。遠くに森の中でカラスの観測をしている笹島さんも見つけた。  すると足音がした。きっと佐藤さんが屋上に着いたのだと思った。 「佐藤さん、もう着いて・・・」  そういう間もなく、私はジェットコースターの急下降の瞬間のようなふわっとした感覚を覚えた。 「ありがとう、これで最高のミステリーが生まれるわ。」  女の子の声だった。私と同じ高校生だろう。ただ、私の知っているクラスメイトや他校の友人ではなく、面識のない人物だということが声を聞いてはっきりと分かった。屋上から落ちる寸前に見えたひどく白い手が、今でも印象に残っている。 「フィクションとノンフィクション 三重逗紫 真美子」    この小説には不思議な魅力がある。犯人の素性も、動機も何も明らかにされていなかった。最後まで読んでいて分かったことは、この小説の主人公は「やはり自殺に見せかけて殺害された」という事実だけ。おそらくこの殺された主人公にも、それどころか誰にも犯人の正体にはたどり着かなったのではないだろうかという考察ができる。  しかし僕には分からないことがある。なぜこの小説のタイトルが「フィクションとノンフィクション」となっているのか。この小説に「ノンフィクション」という要素がどこにあるのか。ただ、このミステリーは日本のどこかの村で実際に起きていることをもとに描かれたのか。まあ、僕には知る由もない話だろう。  とにかく、三重逗紫先生には浜岡短編ミステリー新人賞の最優秀賞受賞を祝福する。今後の三重逗紫先生の作品にも楽しみで仕方がない。 「あとがき 伊藤木 雪蘇」
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