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ある剣が語った話
私の名前はエレステア。
「高貴な鳥」と言う名前だ。
見たまえ、この美しい赤い鞘に描かれた黒鳥とクスダ家の紋章、赤い柄に埋まったブラックダイヤを。
私を売れば四人家族が一生暮らせるだけの金になる。もしくは貴族の屋敷ぐらいはゆうに買える。
そんな高貴な私を、今、君が無礼にも床に無様に落としたんだぞ。なんということをするんだ。汚れるではないか。
…何をそんなに驚いている。ふうむ、君は剣が喋らないと言うのかね。
なるほど君は無知か名剣を知らぬかどちらなのだろうかね。
いいかい、有名な所ではウロエクトのキスグラム伯爵のオツワダ、ムポギルガのトルカ騎士団長のラーセムヨルド、コンテエル砂漠のベンアース、その他にも魔剣はあるが、私達にはこうして意思があり、君と会話できる位の知性はある。
まあ、君のような年若い召使風情には解らぬ話だろうがね。
ふああ、眠い。私はいつまで寝ていたのかね。なに、914年だと。
とすれば私は百年ばかりも眠りについたというのか。
ここはどこだ。え、アジーラ。私のいたアジョレスト公国はどうなってしまった。
…そうか、アジョレスト公国はなくなってしまったというのか。
ミルグガイと協定を結び王がいない共和国になった。ふうん、それはそれでなにも言うまい。
では王族は。我が主が仕えたヘレスト王女は。
…ふうん。なるほど、あの方らしい。
なんだね小僧殿。目をキラキラさせて。
やめろ、気軽に私に触るんじゃない。
その薄汚れた手で!
【ある剣が語った話】
私は一人の偉人の剣だった。
名を聞いた事があるか。ミト=クスダ=アジョーレ。
守りを司るミト神の名前を頂いた男だ。アジョレスト公国の騎士団、ルワングステア・リージの20代目騎士団長。
黒鳥の舞という意味合いを持つ。
黒鳥は古来より神の乗り物であり右腕となって大地を支えた叡智の鳥だ。
この世界メントラを御創りあそばされたトーマ神の数々の受難を助けた霊獣だ。
ひいき目に見てだが…我が主ミトはいい男だったよ。
赤土色の長い髪を一つくくりにし、苔むす色の瞳を持っていた。
普通の男よりも頭一つ分でた長身で、それに見合った体格だった。
彼が11の時にミトと私は出会った。
私はクスダ卿の家に伝わる代々の秘剣であったが、生憎と私は誇り高い剣でね。
主と認めない男には、それが正当な当主であっても鞘を外したことはない。
そうだ、私は高貴な鳥なのだ。
下賤で野卑な人間に振るわれる位ならば、溶かされて馬の蹄鉄になった方が余程ましだ。
出会い頭にミトは子供特有の傲慢さで言い放った。
「お前が俺の剣になるのか」
その居丈高な態度に私は腹が立った。
「それはあるまい。私はお前のようないけ好かない餓鬼は大嫌いでね」
するとミトはクスクスと笑うのだ。乳歯がとれて歯欠けの口を開けて尚いっぱしの男の顔をした。
「いいや、お前はきっと俺の物になるね。だって見てみろよ、今の俺の右腰にはなんの剣もついてはいないが、俺は英雄になる男だ。もしもお前が俺を拒むなら、お前はきっと歯噛みして俺の右腰についている剣を妬むことになるさ」
「ほう、貴様が英雄になるだと」
「なるさ。俺が生まれた時に魔法婆が言ったのだ。この子はきっと英雄になる。そしてこの国を救うとね。どうだエレステア。英雄の剣になる気はないか!」
…全く気に食わない餓鬼だと思ったよ。占いは当たるも八卦さ。けれど私は興味が湧いた。この男といれば退屈はなかろう。よしんば彼が英雄になれなかったとしてもだ。
私には死の概念がない。溶かされて無になるまで私は生きられる。だから暇つぶしにこいつの元にいてやろうか、そう思うだけの魅力はあった。貴族の当主など継ぐ男は大体が傲慢か、強欲か、決めつけたがりなのだが、ミトは違っていた。
どこまでも、己の運命を信じていた。自分が英雄になる男だと。
そうあろうと、幼いころから努力をしていたのだ。
…まあ、結果から言うとな。
ミトは英雄になったとも。
表で囃されている歴史とは異なった裏の歴史が真実で、それを皆が必死に隠した。
彼の栄誉の為に、けして語られぬ話を私は知っている。
どうだ小僧、知りたいか。そしてけして口外はせぬと誓うか。
…誓うか。それなら話してやろう。久しぶりに目覚めた私は今、少し寂しいのだ。
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