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ミトが30歳の時に王女がお生まれになった。
名は、へレスト。
大地の女神という名前だ。
彼女が生まれた瞬間にルワングステア・リージは公国の騎士団という任務だけではなく、ヘレスト王女の護衛団としての任務を仰せつかった。
なかでも騎士団長になったミトに、誰かにさらわれるのが怖いので騎士団をまとめる傍らできるだけ多く王女の傍にいてくれろろというのだから、王とお妃の可愛がりようは解るだろう。
彼女は美しかった。可憐だった。春の妖精、音楽の神、妖婦、およそどれもが太刀打ちできまいと思った程に赤ん坊の時からその容姿は異彩を放っていたのだよ。後に彼女はこう言われる。御伽噺の姫だと。それほどまでに完璧だった。
ミトはヘレスト王女を愛した。
いや、語弊がある。
人と人が愛するということではない、姫を守る騎士として、その身を全て姫君に捧げたのだ。ヘレスト王女もミトを慕った。常に二人は一緒だったよ。
美しい姫、麗しの姫。熱に浮かされたようにミトは過酷な任務の後でも必ず姫の部屋へと赴き、姫が眠るまでそこを離れようとはしなかった。
彼は歌が上手かった。
よく即興で歌を作っては姫に捧げたものだ。
姫のお気に入りの歌は「ある騎士が姫に捧げる歌」でな、最初のメロディはこうだ。
ンン、ンンン、ンンンンン、
アジョレストの姫様は
世界で一番可愛いな
髪は栗毛で目は赤目
麗しい姫様を
この私めがお守りしよう
アジョレストの姫様は
世界で一番可愛いな
少々お転婆娘だが
麗しい姫様を
この私めがお守りしよう
高貴な鳥と共に
我が姫をお守りしよう
この命に代えても
これは誓いの歌
これは私の魂の歌
全く気恥ずかしい歌だ。
ある時彼は私にこう言った。
「なあエレス。俺はこの世の幸福者さ。あんなに可憐な姫を守ることができて」
「馬鹿者め、幸福者というのはな、家庭をもつことだ。御伽噺の姫は、手に入れられんぞ」
「滅多な事をいうなよ相棒。お前は要らん口を叩きすぎる」
「私は心配しているのだ。次の世代がいなくては、私は捨て子ならぬ捨て剣になってしまうではないか」
「俺はな、英雄になると言われてから家庭は持たぬと決めているのだ。俺の血筋は本家ではないが無数にいる。お前が路頭に迷うことなどないよ」
「ふん、頑固者」
「お前にだけは言われたくないもんだ、この高飛車な剣め」
「なんだと、私は高貴な鳥だぞ」
「ふ、お前を空に飛ばせるのは俺だけだぞ」
「は、貴様が今まで生きてこれたのは私のお陰だ。感謝して涙を流せ若輩者」
「はいはい、エレステア殿、貴殿のお陰で私めは今日まで生きておられるのです」
「…なんだか気分が悪いな」
「お前が言えと言ったからだろう」
「ははは、全く口の減らん奴だなあ」
「…ふふふ、お互い様だ」
私はミトの振るう剣になるために意思をもったのかと思うほど、彼の剣さばきで戦う事の快感といったら素晴らしいものだった。
風を切り、誰よりも速く敵を斬る。
私はまさに空を飛ぶ黒鳥になった。
彼が思うまま、私は戦いに挑み、彼が声をかける度に喜びを覚えた。
…彼ほど私を扱える者はこれから先、果たして現れるのだろうか。
さて、話を進めよう。
アジョレスト公国は豊かな地形の恩恵を受けている。だから敵も多いが、王は馬鹿ではなかった。
協定を近くの国と結び、ある意味結界とも言える布陣を組んでいた。
一つ一つの国と異なった協定、だからこそ国同士が繁栄を享受できる取り決めがなされていた。
智王アルデシア。ああ、知っているのか。うんそうだろう、彼の治世はアジョーレ公国の春の時代であったからな。
姫が12になられた時、縁談が来た。それは王女の宿命だ。可哀想だが国と国が関わりを持つことで平和を保つ国の王女として逃れられぬ運命だ。
それに姫様が生まれた後に王子も御生まれになった。
つまりはいくら御伽噺の姫でも普通の女性が望むような恋愛は出来ぬという訳さ。
気丈にも幼いヘレスト王女はすぐに頷いた。真っ青な顔をしながらも父王の前で言った。
「私はそのご縁談喜んでお受けいたしますわ、お父様」
「そうか、よく言ってくれたヘレストよ。相手はミルグガイのサティ皇子だ。年は18と少し離れてはいるが、真面目な青年だと聞いた。きっとお前を大事にしてくれるだろう」
「お心遣いありがたく思います。ただし条件がありますの」
「なんだねヘレスト」
「道中にはミトを連れて行ってもよろしいでしょうか」
「なに、ミトをか。ううん、あやつは騎士団長だぞ。ミルグガイまでは半月もかかる。それまで国を誰が守るというのか」
「お父様、お願い。私はミト神の化身である彼に守られながら嫁ぎたいのです。赤子の時から私の傍にいた彼に最後まで見守られて、この国から出て行きたいのです」
「そうか、そこまで言うのなら仕方がない。ミト」
「は、ここに」
「ヘレストはお前を嫁入り道具に持って行きたいようだが、そうは私はさせぬ。しかし、道中は危険が多いのは確かだ。…今まで姫を守ってくれてありがたく思っているぞ、ミト=クスダ=アジョーレ。お前はクスダ家の誇りだ。…姫の護衛としての最後の任務、果たしてくれるか、ミト」
「勿論です。このミト=クスダ=アジョーレ、命を賭して姫を無事にミルグガイにお連れいたします」
「頼んだぞ」
そうしてミトは、ミルグガイへとの旅に出たのだ。
英雄となる宿命に導かれるままにな。
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