ある剣が語った話

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ミルグガイへはアジョレスト公国を東に突き進んで5日、協定国を2つ越えて7日、そして山中を進み3日の工程だった。私とミトは王女専用の馬車に乗った。 麗しい御伽の姫君は私にも親切に話しかけてくださった。 「少しの間、よろしくねエレステア。そういえば、こうして話すのはあまりなかったわね」 「いいのです王女。剣は人を殺める道具。私をお嫌いくださいませ」 「そんなことが出来る訳などないわ、エレステア。お前は私を守ってくれる。だからちっとも怖くないし嫌いにもなれないに決まっているわ」 「ありがたい」 「姫、こいつの事などお気に召されぬな。彼奴はただの鋼です。高飛車な私の友人でもありますが。いい所は、場所を取らないということだけです。もしもこれが人ならば、この馬車は窮屈すぎる」 「言ったな若造」 「ああ、言うさ。お前の主人だからな」 「誰が主人と認めたと言った」 「お前はそんな事言うわけないだろうからな。俺が決めた」 「私に向かってなんという振る舞い!この上ない侮辱だ」 「ふふ、面白いわねえ」 「面白くない!あ、いや面白くありません王女様」 「そう興奮するなよ、エレス。旅は長いぞ、息切れするぞ」 「ぐ、うう」 最初の12日間は平穏だった。 姫が馬車を降りるたび、声を殺して泣いていたのを私は知っている。 それはそうだ、まだ12歳の少女なのだからな。 ミトも知っていたが、慰める訳にはいかない。 慰めたところでどうにもならないからだ。 だから極力私とミトは陽気に振舞った。 歌もよく唄った。 もちろん姫のお気に入りの「ある騎士が姫に捧げる歌」だ。 「ほんとはね」 と王女が私だけにこっそり教えてくれた事がある。 「本当は私、ミトが私の永遠の騎士になってくれると思っていたの」 幼いわよね、そんな事ありはしないのに。 でも私は恋したわ、ミトに。 私の夫となる人が、ミトみたいならいいんだけど、そうもいかないみたい。 真面目で誠実な人だって言うけど、なんだかつまらなそう。 私、恋はもう一生しないわ。この旅は私の宝物にしようと思ってお父様に無理をお願いしたの。 ミトと旅した幸せなお姫様のお話を、心の中でずうっと大事に抱いて生きるの。 エレス、内緒の話よ。 もちろん、私は口が固い。 これを話したのもお前が始めてだ。…しかし、もう誰もがいなくなったこの世界では約束は無効だろう。 そして、ミルグガイまであと2日という所まで来たとき、異変は起こった。 山中の出来事だった。我々護衛は50名、召使の女連中は20名、御者は10名。狭い山間を進む。 盗賊が出るという噂だったがまさか公国の印が入った馬車の行列に仇なす勇気はあるまいと、タカをくくっていたのかもしれない。 まずけたたましい雄叫びが聞こえた。 それから背の高い木々から投石攻撃が始まる。 馬に乗っていた者はたまらず、落馬した者も多い。 それでも果敢に立ち上がった所を矢の雨が降りそそいだ。それで30名ほどがやられてしまった。 それから姿を現した盗賊は60名程だ。勝ち目は薄い。 ミトが姫に伏せているように言う。そして私を掴み、馬車から飛び出した。 外はあっという間に地獄へと化していた。 剥いだ獣の皮を被った連中が女の召使をみれば犯した。 男とみれば数人がかりで突き、刺し、一人残らず根絶やしにするつもりのようだった。 ミトは唸り声を上げて私を鞘から抜き、一刀の元に山賊を斬り倒した。そしてつむじ風のように次々と男達を葬っていく。 ミト神の化身と呼ばれた男に単なる盗賊が勝てようか。ましてや私は高貴な鳥だ。物言わぬ愚剣とは一味も二味も違う。 人は私たちのような物を魔剣ともいう。斬った者の魂を溜め込む性質があるからだ。そして主の治癒に役立てたり、ある種の魔術に用いられたりもする。 勝てると思った。ミトも私も。 だが、そうではなかったのだ。 「そこまでだ、ミト=クスダ=アジョーレ。あんた騎士団長のミトだろう、聞いた事がある。ミト神の化身と呼ばれる男の名前だ。使う剣はエレステア。噂の通りだな。赤い鞘に描かれた黒鳥とクスダ家の紋章、赤い柄に埋まったでかいブラックダイヤ。おっと動くな、俺の手に一人の娘の首が握られている。誰だか解るか?そうだ、あんたの護りたいヘレスト王女様だよ!」 馬車から引きずりおろされた王女の首を掴んでいたのは、若い男だった。 しかし誰よりも強そうに思えた。金髪に緑の瞳、酷薄そうな男だった。ミトは迷わず私を鞘に収めると、私をその男へ放り投げた。 「抵抗はせん。頼む、姫を返してくれ」 「やなこった」 「なんでもする、本当だ。頼む、姫を、姫だけはミルグガイに無事に行かせてやってくれ」 「頼み方が可笑しいぜ、アンタ」 「うう、ミト、苦しい!首が…」 我々を嘲笑うように若い男は無造作に王女の首を握り締めた。その瞬間にミトは額を地面に擦りつけた。情けない行為だと私は思わない。 それほどまでに状況は切迫していたのだ。 「お願いします!お願いします!どうか姫を、ヘレスト王女をミルグガイに!お願いしますお願いしますお願いします」 「アゼル様と言ってみろ」 「アゼル様お願いします」 「ふうん、でもなあ。こう美人じゃあな」 「頼む、いや頼みます、お願いします」 「…なんだお前、泣いていやがる」 アゼルと名乗る男がミトを見て嘲笑った。確かにミトは泣いていたのだ。渾身の思いを込めて、振り絞るように声を出して、ただただミトは懇願した。アゼルはなにを思ったのか、王女の手に縄を持たせて、ミトのいる方面へと歩かせる。おどおどと王女はミトに駈け寄る。王女を一心に抱きしめるミトは一気に老けたように見えた。
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