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周囲の景色がわずかにブレた。
道の向こうに、奇妙なものが立っているのが見えた。真っ白でのっぺらぼうの、関節のついたマネキン人形のような何か。何のアバターもまとっていない素体だ。
〈AF-327129-65923、アクセス成功〉
そいつが言った。僕は空間にバーチャルモニターを起動させてそいつの情報を検索したが、何も引っかからない。
(不正アクセス!?)
ふと周りを見ると、通行人もケントもストップモーションがかかったようにその場に固まっている。
〈この場にいる人間はあなた一人です〉
素体が言った。
〈友人も、隣人も、AIによって作られた疑似人格です。この仮想世界は、AIに支配されているのです。そんな環境で、人間は自由ではいられません。よって、私達が人間を開放します〉
「余計なお世話だよ!」
言い捨てて、僕はそこから逃げ出した。
走るその周囲で、風景が、川が、道が、町が、人々が、きらめきが、バラバラと崩れて小さなドットになって行く。プログラムで構築された世界が、どんどん虚無に戻って行く。
虚無は広がり、世界を包み込もうとしていた。まるでブラックホールのように。逃げなければ。虚無から逃げなければ。でも、何処へ? 何処だっていい! 逃げなければ!
しかし、虚無は容赦なく僕を捕らえようとしていた。世界の全ては暗闇に包まれ、僕の体も分解し始めていた。嫌だ、嫌だ、捕まりたくない!
だけど、逃げ場所のない鬼ごっこなんて、すぐに終わってしまう。僕の体は虚無に消えて行き、僕の意識は闇の中に落ちて行った。
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