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お星が一つ、おっこちた
男がお空にはしごをかけて
光るお星をもぎとった
きらきら光るお星は泣いて
次第に力を失くしたが
男はおろおろするばかり
お星は陸にはいられない
お空が一番住み良いのだから
だけど男は返さない
お星は空には戻れない
次第にお星は赤黒く
嗚呼もはやそいつはお星ではない
凶つ、まがつぼしになるばかり
【星を捕まえた男】【凶つ星】
何時なのだろう、何日なのだろう。
静まり返った部屋で工藤は考えた。もう一月は経っていると考えて良い。
いや、十日かもしれない。
確かな事はなにも解らないが、解っているのは、今の工藤は男に犯され続けているということだ。工藤は刑事だ。そしていい年の中年男である。
それをなんの弾みか知らないが、馴染みの若いやくざ、鈴木に攫われた。最初は薬を盛られて感覚もないままに犯され、次は真正面、正々堂々と生身の感覚で犯された。酷い事をされた訳ではないのが余計に応える。ねっとりと愛撫されて、ほぐされた尻の穴は濡れ、それを嘲りもせずに鈴木は自身の性器を突き入れた。回数を重ねる毎に自分の体が喜ぶのが解る。哀しいこと、悔しいこと。そう言った感情が、工藤に涙を流させる。ころしてくれ、と何度嘆願したことだろう。鈴木は悲しげに首を振って、腰をふるのだ。
前に一度、舌を噛んだことがある。だが見張りの男が見つけて大事にはならなかった。
そういう訳で工藤には、鈴木に抱かれる事と風呂と用便以外は両手両足を縛られ、猿轡をされている。これでは生きていないも同然だ。
(俺がなにをしたって言うんだ)
そう心の中で呟いて、嗚咽を零した。
普通の暮らしに戻りたい。刑事を辞めろと言われれば辞める。こんな暮らしより、いやこんな事は暮らしではないのだ。
もう、限界だった。
「あんた何が不満だ」
鈴木が頬を膨らませて工藤に抱きついた。濁った目で見上げる工藤の胸の飾りを弄びながら、鈴木はベッドに横たわる工藤の耳を齧る。
「そりゃああんたには不自由をさせているかもしれないけどな。俺なりに工夫しているんだぜ。飯もうまいものを食わせているつもりだし、寝る所も整えた。だのにあんたは」
「…家に帰してくれ」
「それは駄目だよ。帰る家はここさ」
「ここじゃねえ、俺の居場所は」
「…あんた、死んだことになっている」
「なんだと」
瞠目して工藤が鈴木を見つめると、いつもは無表情の仏頂面が照れたように恥じらい、上目遣いに工藤を見た。
「俺が頼んだのさ。あんたに似た男が一人、顔を潰され東京湾に浮いた。そういうこと」
「ああ、ああ、ああ、ああ」
「もう未練は捨てなよ。あんたは俺のお星様だ。愛しいんだ。本当なら毎日繋がっていたいんだぜ。こうまで想われてあんたも幸せだろう」
「嫌だ、俺は帰る。見捨ててくれ、俺よりいい男は沢山いるじゃねえか」
「星の数程、かい?洒落てるね。でも、俺はあんた一人こっきりだ」
「嫌だ、もう、女になりたくない」
「ふうん、触れただけで濡れる此処は、俺なしでは生きていけないと泣いているのにな」
「あ、ああ、ああ」
鈴木が細長い枯れ枝のような指で工藤の穴を責めると、縛られた不自由な体をのたくらせて工藤は啼いた。熟れきったそこは鈴木の分身を美味そうにほうばる。言葉では嫌といい、体は早く早く、と強請るのだから、工藤に惚れた鈴木にはその二面性が滅法可愛く見えた。
ほんとうに、いやなのに。
山岡は辟易している。愛読書の娯楽漫画の雑誌を読んでいても上の空だ。年は鈴木と変わらないのにそれより五つも六つも老けて見えるのはその分苦労しているからだろう。不運な男ではない。が、貧乏くじにはよく当たる。運がいい奴はそれだけで重宝される。そうではないと、ハズレを押し付けられがちなのは世の常だ。
(嫌になるなあ、この仕事)
心持ちを顔には出さず、太い眉をしかめて漫画に目を戻した。営業していない古びたラブホテルは兄貴分である鈴木のねぐらになっているのだ。仕事にも精を出すが、情人にも同じ分だけ精を出す。大きな仕事がないかぎりは山岡は鈴木のイロの見張り番だ。良い女なら目の保養にもなるのに、あろうことか鈴木の女は男だ。それも自分達よりずっと年のいった刑事をかっさらって犯している。薄い壁からは隣の激しい交わりの一部始終が聞こえた。大抵工藤は最初のうちは嫌がっている。それなのに最後のほうときたら。
(近頃のえげつない女より女らしく喘いでいやがる)
己の内から沸き起こる快楽に戸惑ったように喉の奥から搾る儚げな声と言ったら。
それに情欲の火をつけられた鈴木が執拗に責め立てると今度は獣になる。もう滅法出鱈目である。首を絞めてくれと言ったり、突いてくれろ突いてくれろと喚いたり、果ては充足し、綺麗な溜息をつくのだ。
ほう、と。
そのほう、が艶かしい。
男盛りの山岡には堪らなかった。
普段は飯を持っていこうが、用便をさせるために下着をひん剥こうが、どうってことはないのに、そのほう、を聞くたびに自分の猛りがむくむくと起き上がってくるのをどうにも止められないのが恥ずかしかった。だから休みの日になると女を買いにいく。あの、艶かしい溜息が聞きたくて。
だが、そんな女はそうそういないのだ。
男慣れしている女の中には満足すると鼾をかいて寝てしまうものさえいる。だから段々山岡は、自分が鈴木のイロであるあの男に情が湧いてくるのを自分で勘付いていた。
(やってしまうか)
そう決心するのに時間はかからなかった。
膿んでいた。
心というやつがすっかり擦り切れていたのだ。
その傷から菌が入り、傷口からどろりとした膿が流れている。
工藤は放心していた。
久しぶりに手の縄、足の縄が外れているのに逃げる気力はどこにもない。
「悪かったよ」
山岡の背中が呟いた。
その言葉がお前の具合は良かったよ、と聞こえたのは幻聴ではあるまい。
他の男に抱かれても、俺の体は熱を持って受け入れた。その事実が工藤を打ちのめした。真面目に生きてきただけなのに。
今はもう、戻れやしねえじゃねえか。
よしんば解放されたとしても、こんな体では元の住処に帰れねえじゃねえか。
つまりは。
「はは、は」
工藤は笑った。
どうにも不快な声音だった。
【凶つ星】
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